出来事の日付:2024年11月30日。

シリア反体制派の連合は、バッシャール・アル=アサド大統領に忠誠を誓う部隊に対する急速な攻勢でアレッポの奥深くまで進撃し、市内の古代城塞に到達したと報じられた。この攻撃は、政府にとってここ数年で最大の領土上の後退となり、前線が比較的安定していた時期を経て、シリア第2の都市に激しい戦闘が戻ったことを意味した。

攻勢は11月27日に始まり、強硬派イスラム主義組織ハヤト・タハリール・アルシャームが主導した。シリア人権監視団によると、連合は11月29日までにシリア北部の50を超える町や村を制圧した。その後、戦闘員らはアレッポ西部に進入し、政府軍からほとんど大きな抵抗を受けることなく5地区を制圧したと、同監視団の代表は述べた。AFP通信の特派員はニュー・アレッポ地区での衝突を報告した。

反体制派が城塞に進入したとの報告は、軍関係者の話を引用したシリアTVと、オンラインで出回った画像や映像に基づくものだった。証拠を提供した報道機関は、その資料のすべてを独自に検証することはできなかったとしている。同機関はまた、反体制派連合が市内の治安確保に向けた取り組みの一環として外出禁止令を敷いたことや、別の映像には政府の刑務所から拘束者が解放される様子が映っているようだとも報じた。

攻撃が進むなか、政府側と反体制派側の説明は食い違った。シリア国営メディアは、ハヤト・タハリール・アルシャームによる砲撃で学生寮の民間人4人が死亡したと伝えた。軍の声明は、政府軍が攻撃を撃退して一部の陣地を奪還したとし、シリアの治安当局者は増援が到着したと述べた。ロイター通信が引用した軍関係者によると、シリア当局はアレッポ空港も閉鎖し、航空便を欠航させた。

監視団によると、反体制派はアレッポ以外でも、市に向かう経路上の戦略的要衝サラキブを制圧した。連合はアレッポとダマスカスを結ぶ高速道路M5も遮断していた。こうした前進により、住民の間では再度の避難、物資供給の途絶、燃料価格の上昇に対する懸念が高まった。

監視団によると、報道対象となった時点までに戦闘で277人が死亡し、このうち28人が民間人だった。民間人の死者の大半はロシア軍の空爆によるものだとしている。国連人道問題調整事務所は、1万4,000人以上が避難を余儀なくされ、その半数近くが子どもだと発表した。これらの数字は、活発で急速に変化する戦闘のさなかに行われた初期報道を反映したものだった。

ロシアとシリアの航空機は、反体制派が支配するイドリブ地域周辺で集中的な攻撃を実施した。ロシアは、テロリストと呼ぶ集団の司令拠点、倉庫、砲兵陣地を攻撃していると発表した。トルコは爆撃の停止を要求し、2020年からトルコとロシアの仲介による停戦の対象とされている地域で、今回の衝突は望ましくない激化だと表現した。

この時期の攻勢は、アサド政権の同盟勢力網が圧力にさらされていることも浮き彫りにした。イランはシリア政府と軍への継続的な支援を約束し、ロシア当局者は支配回復を目指すダマスカス政府の取り組みを支持した。イラン系民兵組織とヒズボラは以前、特に政府軍が反体制派支配地区を奪還した2016年以前、アレッポ周辺で極めて重要な地上支援を提供していた。11月の進撃は、こうした同盟関係とロシアの航空戦力があるにもかかわらず、北部の政府側防衛網が反体制派による組織的な攻撃に対して脆弱であることを示した。