出来事の日付:2024-12-04。
反政府勢力が南部ダルアー県全域の検問所への攻撃を拡大するなか、シリア軍第8機甲師団の兵士らが反体制派に離反した。この離反は、反体制派が町から町へ、村から村へ、検問所から検問所へと支配を広げる、急速に動く戦況に新たな展開を加えた。
イェニ・シャファクの報道によると、ダルアー県ノア地区では衝突が続き、反体制派の戦闘員が政権側の拠点を標的とし、政府軍は迫撃砲と大砲で応戦した。戦闘が続くなか、反体制派はジザ、セムリン、ガリイェ・シャルキイェなど複数地域で政権側の治安検問所を制圧した。報道によれば、政権が設立した第8師団の兵士らは、隣接するスワイダー県とクネイトラ県の反体制派と共同作戦室を設置し、政権に対して行動することで合意した。
ダルアーには政治的にも歴史的にも特別な意味がある。2011年の反政府蜂起が最初に起きた中心地の一つであり、同地での弾圧は10年以上にわたる戦争と破壊に火を付けた。報道は、同県がその後、イラン系勢力とロシアの支援を受けた2018年の攻勢を経て政府の支配下に戻ったと指摘しており、それだけに今回の離反と反体制派の前進は特に注目に値する。
記事はまた、ダルアーでの戦闘を、アレッポで始まり、イドリブ、ハマーを経てホムス方面へ広がった、より大規模な反体制派の攻勢という文脈に位置付けている。この一連の大きな動きは、なぜ同県が今重要なのかを説明する一助となる。ダルアーで起きているのは孤立した小競り合いではなく、より広範な軍事作戦の一部なのだ。政府軍が圧力にさらされているとき、検問所の掌握と現地での軍事協力は前線を急速に変化させ得る。
報道は、独立して確認された死傷者数や最終的な支配地域図を示しておらず、県全体についての決定的な記述と受け取るべきではない。しかし、南部にあるアサド政権の軍事組織の無視できない部分が崩れつつあり、少なくとも一部の兵士が反体制派に加わり、現地の検問所が相次いで奪取されていることは示している。
この種の亀裂は、軍事的に有用であるだけでなく、政治的にも重要だ。離反は、南部に対する政府の支配がかつてほど安定していないことを示し、反体制派が他地域での勢いをダルアーでの前進につなげようとしていることを物語る。住民にとって目の前の現実は、砲撃の継続、移動する前線、そして同県が再びシリア全土に及ぶ紛争の最前線に立ったという新たな感覚だ。
離反が広がれば、ダルアーを越えて影響が及ぶ可能性がある。それは、アサド軍への圧力がもはや一つの前線に限られず、戦況が変化するなかで現地の司令官らが忠誠先を再検討している可能性を示唆する。民間人にとって、この不確実性は、同県が引き続き砲撃や支配線の変化、さらなる攻撃によって一層多くの勢力が引き込まれる危険にさらされていることを意味する。
全体的な軍事情勢はなお流動的だが、この報道は、南部の同県が固定化した前線ではなく、急速に進む反体制派の攻勢の一部になっていることを示している。兵士が離反し、反対陣営に現地の作戦室が設けられると、国家による防衛と崩壊との境界線は引きにくくなる。そのためダルアーは、政府がなおどの程度の支配力を及ぼせるのかを測る有用な指標となる。
反体制派の前進の全容がまだ明らかでなくても、この離反が重要なのはそのためだ。部隊がいったん陣営を替え始め、現地の治安体制が変化すれば、戦場での勢いは急速に加速し得る。ダルアーは再び、シリアの戦争が自らを書き換える場所となった。



