出来事の日付:2024年12月25日

シリア新当局は、追放されたバッシャール・アル=アサド大統領の支持基盤と長く結び付けられてきた西部沿岸都市タルトゥース近郊で待ち伏せ攻撃があり、内務省要員14人が死亡、ほか10人が負傷したと発表した。当局者らは、アサド支持者が攻撃を実行したとして非難した。これは、アサド政権崩壊後に発足した政権に対する最初期の直接的な武力による挑戦の一つだった。

戦闘は火曜日、反体制派による急速な攻勢がアサド一族の50年以上にわたる支配を終わらせてから2週間余り後に起きた。攻勢を主導したのはハヤト・タハリール・アル=シャーム(HTS)で、その指導者アフマド・アル=シャラアはシリアの事実上の国家指導者となった。旧政権が崩壊する中、アサドと家族はロシアへ逃れた。

報道によると、治安要員らは、ダマスカス近郊のサイドナヤ刑務所で果たしたとされる役割をめぐり元将校を逮捕しようとしていた際、待ち伏せ攻撃を受けた。英国を拠点とする監視団体「シリア人権監視団」は、武装した男3人も死亡したと述べたが、身元は明らかにしなかった。同団体は後に、元将校のモハメド・カンジョ・ハッサンがほかの20人とともに拘束されたと報告したが、この主張は提供された報道の中では独立して検証されていない。

国営シリア・アラブ通信(SANA)は、その後、治安部隊が秩序の回復と旧政権軍の残党の追跡を目的とする作戦をタルトゥース県で開始したと伝えた。待ち伏せ攻撃後、増援部隊が現地に派遣された。

この暴力は、説明責任と安定の間で新当局が難しい均衡を迫られていることを浮き彫りにした。多くのシリア人は、アサド時代の刑務所での拷問、失踪、死亡に関与した当局者が裁かれることを望んでいる。一方で、旧政治・軍事エリートの多くを輩出したアラウィー派の人々は、集団的な報復を恐れている。タルトゥース、ラタキア、そしてアサドの故郷カルダハはいずれも、アラウィー派共同体が集中する沿岸地域にある。

別の騒乱も、こうした緊張を際立たせた。アラウィー派の聖廟への攻撃を映したとされる動画に関連するデモを受け、当局はホムスに夜間外出禁止令を出した。内務省は、映像は古く、11月下旬のアレッポでの戦闘時のものだと説明した。監視団体は、ホムスでデモ参加者1人が死亡し、5人が負傷したと報告した。

HTSは、武器の引き渡しを拒む武装した旧政権の将校らと対峙する一方で、シリアの宗教的・民族的少数派を保護すると約束している。同組織は現在も、国連、米国、欧州連合(EU)、英国からテロ組織に指定されている。旧政権の拠点で新指導部が逮捕や治安作戦をどのように進めるかは、市民の平和と平等な保護という公約を試す中心的な試金石となる。

政権はまた、クリスマスツリーが燃やされたことをめぐる抗議活動を受け、圧力にさらされていた。これらのデモによって、宗教的アイデンティティーを理由に人々を処罰することなく、地域社会を守る治安政策を求める声がさらに強まった。