出来事の日付:2025年1月3日

韓国の捜査当局は2025年1月3日、弾劾訴追された尹錫悦大統領を逮捕しようとしたが、ソウルの大統領公邸で数時間にわたりにらみ合いが続いた末、執行を中止した。大統領警護処と軍関係者が、捜査員による拘束令状の執行を阻止した。

AP通信によると、作戦は、高位公職者犯罪捜査処の職員と警察が、裁判所の発付した令状を執行するため公邸の敷地内に入ったことで始まった。この令状は、2024年12月に尹氏が短期間にわたり戒厳令を宣布したことに関する捜査で、繰り返し出頭を求められたにもかかわらず応じなかったことを受けたものだった。

逮捕の試みが失敗したのは、捜査当局が尹氏を見つけられなかったからではない。AP通信によると、捜査員らは尹氏が滞在しているとみられる建物から約200メートルの地点まで近づいたが、大統領警護要員と軍部隊が形成した人の壁に阻まれた。ガーディアン紙のライブ報道は、汚職捜査当局が公邸で約200人の人員による壁に直面したと伝えた。この物理的な妨害により、法的手続きは大統領公邸の敷地内での、国家機関同士の直接対決へと変わった。

約5時間半後、捜査当局は撤収した。AP通信によると、高位公職者犯罪捜査処は安全上の懸念を挙げ、抵抗が続いたため令状の執行は事実上不可能になったと説明した。同捜査処はまた、尹氏が法的手続きに従わなかったことに遺憾の意を表明した。この失敗は、安全保障機関が忠誠を保っている場合、現職または直前まで現職だった国家元首に対して、文民の捜査当局が裁判所命令を執行することがいかに困難になっていたかを浮き彫りにした。

尹氏の弁護団は令状そのものに異議を唱え、拘束の試みは違法だと主張した。AP通信によると、弁護士らは、高位公職者犯罪捜査処には、戒厳令をめぐる一件に関連する中核的な容疑の一つである内乱容疑を捜査する権限がないと主張した。また、軍事機密のある場所を保護する規則により、公邸の捜索には同意が必要だとも述べた。これに対し捜査当局は、有効な裁判所命令に基づいて行動しているとの立場を維持した。

令状をめぐる政治危機の発端は、尹氏が12月に戒厳令を宣布し、国会議員らが直ちにその拒否へ動いたことにある。AP通信によると、国会が反対票を投じるまで、この布告は数時間しか続かなかったが、この一件を受けて弾劾訴追と複数の捜査が始まった。そのため逮捕の試みは、ある一日の法執行をはるかに超える憲法上の意味を持っていた。大統領権限の異例な行使について責任の所在を明らかにする、より広範な闘いの一部だったからだ。

ガーディアン紙の記事は、厳重に防備された大統領公邸で警護の壁を突破できず、捜査当局が撤退したことの象徴性を強調した。AP通信も同様に、拘束の試みが、弾劾訴追後の危機において前例がなく、極めて微妙な局面に入ったことを明確に示した。しかし、ここで提供された報道は、令状が取り消されたことも、失敗した捜索によって捜査が終了したことも示していない。

確認できる事実の範囲はより限定的だが、それでも重大だ。捜査当局は尹氏を逮捕するために訪れ、公邸の敷地に入ったものの、大統領警護処と軍関係者に阻まれ、最終的にその日の作戦を中止した。その結果、すでに弾劾訴追されていながら、なお行政権の警護機構に守られている指導者に対し、大統領府以外の国家機関が協力を強制できるかどうかが、公然と試されることになった。

1月3日の出来事が露呈させた中心的な事実は、逮捕の失敗そのものではなく、この未解決の権力闘争だった。