出来事の日付:2025-01-13。

ミャンマー北部の翡翠採掘地域で夜間に地滑りが発生し、少なくとも12人が死亡、多数が行方不明となった。住民と救助隊員は、カチン州パカン郡区の現場が泥に埋もれたと説明した。同国の収益性の高い翡翠取引の中心地である人里離れた山岳地帯を襲った事故で、約50戸の家屋が埋没または損壊した。

事故現場近くの住民はAP通信に対し、スポット村で子ども4人を含む12人の遺体が収容されたと語った。大量の採掘がれきや廃棄物がその場所に投棄された後、約300フィート離れた池から泥水が地域内に染み出したという。地元の救助隊員2人は、泥が非常に重いため行方不明者の捜索が難しく、掘り進むには重機が必要だと述べた。

カチン州を拠点とするメディアは、今なお30~50人が行方不明の可能性があると報じた。こうした不確実性はパカンでは珍しくない。犠牲者の多くが、不安定な残土の山の近くで生活し働く、独立系の採掘者や拾い集めをする人々だからだ。その多くは他地域から来た未登録の移住者であるため、災害発生時に危険区域内に誰がいるのか、当局が正確に把握していないことが多い。

この鉱山地域では、死者を伴う地滑りが長年にわたり発生してきた。AP通信は、2020年7月の地滑りで162人、2015年11月の別の地滑りで113人が死亡したと指摘した。雨季には地形が特に危険になる。放棄された採掘坑を取り囲む廃棄物の山が不安定になり、ほとんど前触れなく崩れることがあるためだ。

この悲劇は翡翠の経済とも結び付いている。この地域での翡翠、真珠、宝石の売上収入は数十億ドルに上ると推計され、人権活動家らは、この産業がミャンマー軍事政権にとって重要な収入源だと指摘する。鉱山は、自治権の拡大を求めて戦う少数民族武装組織、カチン独立軍にとっても収入源となっている。

この災害は、軍が2021年に権力を掌握して以降、すでに紛争で傷ついている地域で発生した。AP通信の報道によると、クーデター後、この地域の停戦は崩れ、戦闘によって多くの民間人が難民キャンプや近隣の郡区への避難を余儀なくされた。このため地滑りは単なる鉱山災害にとどまらず、戦争と避難生活にすでに直面している住民へのさらなる打撃でもある。

パカンで繰り返される地滑りは、採掘廃棄物、天候、非公式な居住地が一つの場所で重なり合っている状況を反映している。翡翠を拾い集める人々は、破片が見つかる不安定な残土の山のふもとで暮らすことが多いが、同じ地理的条件により、雨や流出水で地盤が動いた際に危険にさらされる。AP通信の記事は、この災害が地質と同じくらい採掘慣行にも関係していることを示している。

紛争という背景は復旧をさらに困難にする。重機はすでに戦闘の影響を受けた地域を通らなければならず、行方不明者は誰も容易に人数を把握できない移住者である可能性がある。この不安定さと記録の不備の組み合わせにより、公式の犠牲者数が実際の人数を下回ったままになることがある。泥の動きが止まった後も、氏名、遺体、生存者を確認する作業は数日間続く可能性がある。