発生日:2025年1月25日。 ハッリ・ヘリオバーラとヘンリー・パッテンが、シモーネ・ボレッリ、アンドレア・ババソリ組とのマラソンのような第1セットから立て直し、全豪オープン男子ダブルスで優勝した。2人は第1セットを16–18のタイブレークの末に6–7で落としたが、第2セットを7–5のタイブレークで7–6とし、最終セットを6–3で制した。
第6シードのフィンランド・英国ペアは、メルボルンで午前1時42分に3時間4分の決勝を終え、6カ月前に獲得したウィンブルドンのタイトルに全豪の栄冠を加えた。ペアを組んでわずか9カ月であり、その間に四大大会で2勝を挙げたことは、男子ダブルスのトップチームへと急速に駆け上がったことを示している。
ボレッリとババソリは、87分に及んだ第1セットで10本のセットポイントをしのいだ。34ポイントに及んだタイブレークは、ボレッリが力強いバックハンドリターンに続いてフォアハンドのウィナーを決めて終わり、これほど拮抗した試合を決定づけてもおかしくないリードを第3シードのイタリア人ペアにもたらした。
第2セットでは序盤にブレークポイントが1本あっただけで、再びタイブレークとなった。今度はパッテンとヘリオバーラが好機をつかんだ。パッテンのエースで6–5のセットポイントとし、続くボレッリのフォアハンドが外れたことで、試合は最終セットへ持ち込まれた。
第3セットでは、流れがより明確に変わった。イタリア人ペアがサービスゲームを落として0–2とされた場面で、ヘリオバーラがリターンエースを決めた。王者となった2人は最終ゲームまでそのリードを守ったが、パッテンは2本のブレークポイントに直面した。1本目をエースでしのぎ、2本目はボレッリのフォアハンドが長くなって切り抜け、さらにもう1本のエースで優勝を決めた。
この勝利は、両選手の異例の歩みをさらに前進させるものとなった。35歳のヘリオバーラは、けがや健康上の問題により、2013年から2017年までプロテニスから離れていた。28歳のパッテンは、米国の大学を卒業後、すぐにはプロに転向しなかった。2人は2024年の全豪オープンには別々のパートナーと出場し、いずれも2回戦で敗退していた。
2人のペアはマラケシュでの優勝から始まり、両選手によると、試合を離れた場での友情を土台として、すぐに成功を収めるコンビへと発展した。パッテンは今世紀、今世紀に男子ダブルスの四大大会で複数回優勝した3人目の英国男子となった。それ以前にはジェイミー・マリーとジョー・ソールズベリーが達成していた。ヘリオバーラはこれを成し遂げた初のフィンランド人選手となった。
ボレッリとババソリにとって、今回の敗戦はペアとして四大大会決勝での3度目の敗北となった。ババソリはまた、女子シングルス決勝後に男子ダブルス決勝を組んだ日程に疑問を呈し、深夜の終了と空席の目立つ観客席によって、並外れた質の試合を観戦する人が限られたと主張した。
イタリア人ペアは2024年の全豪オープン決勝でも敗れており、ボレッリはファビオ・フォニーニとのペアで優勝してから10年を経て、メルボルンで2度目のタイトル獲得を目指していた。最初の2セットでの彼らの粘り強さにより、王者となったペアが最終セットで最終的に主導権を握ったことの意味は、さらに大きくなった。ヘリオバーラとパッテンは、優勝を懸けたサービスゲームを迎えるまで、そのセットでブレークポイントに直面しなかった。



