2025年1月30日、M23を含む反政府勢力連合の指導者コルネイユ・ナンガーは、自軍がキンシャサに到達し、フェリックス・チセケディ大統領の政権を打倒するまで、コンゴ民主共和国で進軍を続けると述べた。この宣言は、コンゴ東部最大の都市ゴマを制圧し、反政府勢力が現地に新たな統治当局を設置したと発表したことを受けたものだった。

ナンガーの発言によって、東部ですでに不安定だった情勢はさらに緊迫した。未確認情報によると、停戦を求める緊急の訴えにもかかわらず、反政府勢力は鉱物資源の豊富な同地域で2番目に大きい都市ブカブに向けて進軍していた。チセケディは、強力かつ協調的な対応が進行中だと述べ、コンゴが屈辱を受けたり、押しつぶされたりすることはないと誓った。しかし戦闘はすでに甚大な被害をもたらしていた。ゴマでは電気と水道が止まり、食料が不足し、約50万人が家を追われた。

反政府勢力は自らを占領者ではなく行政運営者と位置づけ、記者らに対し、公共サービスを復旧させるために現地にいると説明した。しかし、攻勢の規模を考えれば、その主張と現地で起きている暴力を整合させるのは困難だった。首都キンシャサはゴマから約2,600キロ離れており、軍事的に見れば権力の中枢まで進軍する可能性は低いように思われた。それでも、ルワンダの支援を受けた勢力がモブツ・セセ・セコを失脚させた1997年の記憶が、ナンガーの脅しに不穏な歴史的響きを与えた。

紛争は地域政治の構図も変え続けた。コンゴは、ルワンダがM23を支援し、コンゴ領内に兵士さえ配置していると非難している。ルワンダは直接的な軍事支援を否定し、コンゴが1994年のルワンダ虐殺に関係するフツ系民兵をかくまっていると主張している。国連と南部アフリカの地域機構はいずれも東部に平和維持要員を派遣しているが、反政府勢力の攻撃を阻止できなかった。南アフリカ軍兵士を含む平和維持要員13人がすでに死亡しており、ポール・カガメ大統領が、必要ならルワンダは南アフリカとの対決に臨む用意があると述べたことで、キガリとプレトリアの関係はさらに悪化した。

コンゴ東部の民間人にとって、目の前の状況はどの外交紛争よりも単純だった。家族は住居を離れ、学校や診療所には負担がかかり、新たな戦線が生まれるたびに人道危機は深刻化した。キンシャサまで進軍するというナンガーの約束が軍事的に現実的かどうかは分からないが、反政府勢力がゴマを終着点とは考えていないことを明確に示した。彼らはむしろ、領土上の戦果を、首都の政府解体を目指す政治プロジェクトへと転換しようとしていた。

ナンガーの宣言は、反政府勢力の軍事的勝利が、いかに急速に国家権力の掌握を求める主張へ変わり得るかも示した。同連合は、ゴマで新たな行政機構を発表すると同時にキンシャサを脅かすことで、紛争を局地的な戦場から国家的な正統性をめぐる争いへと移そうとした。反政府勢力が全行程を進軍できるかどうかにかかわらず、チセケディに向けたメッセージは、東部をもはや周辺的な治安問題として扱うことはできないというものだ。それは中央に対する直接的な挑戦となった。

そのより大きな目標こそが、この進軍をこれほど不安定化させるものにしている。キンシャサへの進軍が実現しなくても、反政府勢力はその脅威を利用し、コンゴとその協力国に対して、自らを国家規模の政治主体として扱うよう迫っている。彼らが領土を保持し、行政運営者として振る舞う期間が長引くほど、危機は東部に封じ込められているとチセケディが主張することは難しくなる。