# ボスニアのドディク氏に禁錮1年、政治活動も禁止
出来事の日付:2025年2月26日
ボスニアの裁判所は、親ロシア派のボスニア・セルビア人指導者ミロラド・ドディク氏に禁錮1年を言い渡し、6年間にわたり政治活動を禁じた。これは同国の戦後において最も重大な影響を及ぼす判決の一つとなった。
ガーディアン紙は、ボスニアの和平を監督する国際上級代表の命令にドディク氏が従わなかったことをめぐり、1年間に及ぶ裁判を経て、サラエボで判決が下されたと報じた。裁判所は、同氏が分離主義的行動に関与したと認定した。判決が言い渡された際、ドディク氏と弁護士らは法廷にいなかった。
この判決が重要なのは、単一の法令違反に対する処罰を超えるものだからだ。ドディク氏は長年、セルビア人主体の構成体であるスルプスカ共和国をボスニアの他地域から分離させ、最終的にセルビアへ編入することを推進してきた。こうした脅しは、約10万人が死亡し、数百万人が住む場所を追われた1992~95年の戦争の記憶と今も共に生きるボスニアの人々に、繰り返し不安を抱かせてきた。
この事件はまた、ボスニアの不安定な憲法上の均衡を浮き彫りにしている。デイトン合意は戦争を終結させ、共同の国家機関を維持しながら、スルプスカ共和国とボシュニャク人・クロアチア人連邦という二つの自治地域を創設した。ドディク氏は、和平合意を監督し、決定を課す権限を持つ上級代表クリスティアン・シュミット氏とたびたび対立してきた。この対立が有罪判決の核心にある。
ドディク氏は、いかなる有罪判決も受け入れないと述べ、過激な措置を取ると警告した。判決後、支持者らはバニャルカに集まり、セルビアのアレクサンダル・ブチッチ大統領も連帯を示すため急遽現地入りした。ハンガリーのオルバーン・ビクトル首相も公にドディク氏を支持し、この事件を政治的な魔女狩りと呼んだ。こうした反応は、地域の指導者らがすでにこの判決を単なる国内の法的問題ではなく、地政学的問題として位置づけていることを示している。
この刑が最終的に確定したとは限らない。ガーディアン紙は、予想される上訴手続きを経て初めて確定すると指摘している。これは、特にドディク氏がベオグラードの同盟者らに引き続き守られる可能性が高いことを踏まえると、当面の影響が収監よりも政治面に表れる可能性があることを意味する。
それでも、象徴的な影響は大きい。ボスニアの裁判所は、長年にわたり国家の領土的一体性を試してきた政策を掲げる指導者を直接の対象とする刑罰を、今や言い渡した。これが分離主義的な言説を抑制するのか、それとも一層強硬にするのかは、今後を見なければ分からない。
ボスニアにとって、この判決は、戦後秩序が今なお、民族主義的政治を抑え込もうとする制度に依存していることを改めて示すものだ。ドディク氏にとっては、たとえその影響力が一夜にして失われるわけではないとしても、個人的にも政治的にも打撃となる。



