2025年3月31日、リトアニアで、訓練中に兵士4人とともに行方不明になっていた装甲車両を作業員が回収した後、米陸軍兵士3人の死亡が確認された。捜索・回収チームは、残る1人の軍人の捜索を続けた。
兵士らは第3歩兵師団第1機甲旅団戦闘団に所属していた。兵士らと、彼らが乗っていたM88ハーキュリーズ装軌式回収車は、その前週の火曜日早朝、ベラルーシ国境から約10キロ離れたリトアニア東部のパブラデ演習場で行方不明になったと報告されていた。捜索隊は翌日、湿地帯で約5メートルの水中に沈んでいる車両を発見した。
引き揚げには、継続的な多国籍の取り組みが必要だった。ダイバーが、横倒しになり、泥の抵抗が加わる前でも重量が約70トンあったM88にケーブルを取り付けた。リトアニアのドビレ・シャカリエネ国防相によると、最終的な引き上げ作業は午前2時45分に始まり、午前4時30分に終了した。別のM88車両2両が引き揚げを行い、当初の配置では不十分だと判明した後、ブルドーザー2台が固定用のアンカーとして使用された。
数百人のリトアニア軍兵士と外国軍兵士、警察官、技術者、ダイバー、そのほかの救助要員が参加した。数十人のポーランド軍兵士が特殊装備を持ち込んだ。リトアニア軍と警察は、兵士らが行方不明になってから6日間続いた作業の全期間を通じ、米軍と協力した。
3月31日遅く、米陸軍欧州・アフリカは、兵士3人が死亡した状態で収容されたことを確認し、残る1人の軍人に対する作業が続いていると発表した。親族への通知が行われる間、氏名は公表されなかった。リトアニアのギタナス・ナウセーダ大統領は哀悼の意を表し、4人目の兵士が見つかるまで捜索を続けると述べた。
車両は水曜日に発見されていたが、泥、水深、車両の姿勢により、撤去は月曜日の朝まで遅れた。車両が回収されても、事故の状況は直ちには明らかにならなかった。リトアニア軍警察と米国の捜査当局者は現場に残り、リトアニアの検察当局は死因を特定するため、公判前捜査を開始した。提供された報道には、車両がどのように沼地に入ったのか、乗員に何が起きたのかについての認定は記されていない。
この出来事は、1,000人を超える米軍兵士を交代制で受け入れている国で、米国主導の演習中に発生した。リトアニアはNATOと欧州連合(EU)の加盟国であり、演習場がベラルーシに近いことは、同盟軍の駐留に、より広い安全保障上の意味を与えている。この地政学的な背景は、事故原因とは関係しない。
出来事の日付である3月31日時点で、複雑な車両回収作業は完了し、3人の死亡が確認され、1人の兵士の安否は依然として不明だった。捜査当局は、M88が湿地に入るに至った経緯の解明に着手したばかりだった。



