# バングラデシュ・ゴパルガンジで衝突、少なくとも4人死亡
発生日:2025年7月16日
NeoTechNews編集部
2025年7月16日、バングラデシュの治安部隊がゴパルガンジで、失脚したシェイク・ハシナ前首相の支持者らと衝突し、少なくとも4人が死亡したと報じられた。同県はハシナの祖先の故郷であり、同氏率いるアワミ連盟の地盤でもあるため、政治的に重い象徴性を持つ。
AP通信によると、暴力は、学生主導の国民市民党が、2024年8月にハシナを退陣に追い込んだ蜂起の記念行事に関連する全国的な政治運動の一環として、南西部の同県へ向かうなかで発生した。APが伝えたテレビ映像には、新党幹部を乗せた車列が到着した際、棒を持った親ハシナ派の活動家らが警察を襲撃し、車両に放火する様子が映っていた。この衝突により、党幹部らは地元警察署長の執務室への避難を余儀なくされ、その後、兵士に護衛されて装甲車に乗り、県外へ退避した。
死傷者に関する情報は、医療当局者と地元メディアの双方から伝えられた。APによると、国営病院の幹部は少なくとも3人の遺体が搬送されたと報告した一方、バングラデシュの主要英字紙デイリー・スターは4人が死亡したと報じた。ほかに多数が負傷した。当局はその後、同県に夜間外出禁止令を発令した。
ムハマド・ユヌス率いる暫定政府は襲撃を非難し、責任者を処罰せずに済ませることはないと表明した。ユヌス名義で発表された声明で、政府はゴパルガンジでの暴力をまったく弁護の余地がないものと表現した。この出来事は、ハシナ失脚から約1年がたってもバングラデシュが依然として不安定であることを浮き彫りにした。APによると、批判者らは、拡大する混乱、集団暴力、深まる政治的分断が、平和的な民主移行を脅かしているとみている。
当局が2025年5月に活動を禁止したハシナのアワミ連盟は、X上の声明で流血を非難する一方、死傷者が出た責任は暫定政府にあるとした。学生指導者のナヒド・イスラムは、襲撃の背後にいる者たちを逮捕するよう当局に24時間の最後通告を突き付け、国民市民党が翌日、隣接するファリドプルで再び行進し、動員を継続する可能性を示唆した。右派政党ジャマーアテ・イスラミも襲撃を非難し、全国的な抗議行動を呼びかけた。
今回の騒乱は、ハシナがインドへ逃れた後のバングラデシュで、権力の均衡が定まっていないことを反映している。APによると、ノーベル平和賞受賞者のユヌスは、ハシナ失脚の3日後に政権を引き継ぎ、秩序の回復を約束した。新たな国政選挙は2026年4月に実施すると公約されている。同時に、ハシナは人道に対する罪で起訴されており、バングラデシュはインドに同氏の引き渡しを求めているが、APの記事ではインドは要請に回答していなかった。
ゴパルガンジの重要性は、現在の政党政治だけにとどまらない。同県には、バングラデシュ独立の指導者でハシナの父親でもあり、1975年の軍事クーデターで家族の大半とともに暗殺されたシェイク・ムジブル・ラフマンの霊廟がある。その歴史により、同県はアワミ連盟のアイデンティティーを象徴する中心地となっており、そこで死者を伴う衝突が発生したことは、事件当日の時点で、ハシナ後の政治秩序がいかに未解決のままだったかを示している。



