発生日:2025年7月30日。 当局者や地元報道によると、ウガンダ軍と南スーダン軍が人里離れた係争中の国境地域で交戦し、両国の兵士と少なくとも民間人1人が死亡した。軍指導部は、今回の衝突を調査できるよう即時停戦で合意した。

ウガンダ軍報道官のフェリックス・クライギエ少将は、2日前にウガンダ兵が死亡したことへの報復でウガンダ軍が反撃し、南スーダン兵3人が死亡したと述べた。南スーダンの中央エクアトリア州の地元当局者ワニ・ジャクソン・ムレは異なる死者数を示し、南スーダン兵5人の遺体を収容したと述べた。デイリー・モニターは、南スーダン人民防衛軍の兵士5人、ウガンダ人民防衛軍の兵士1人、民間人1人が死亡したと報じた。

衝突がどこで起き、どのように始まったかについても、双方の説明は異なった。クライギエは、南スーダン軍が西ナイル地域のウガンダ領内へさらに進入して陣地を築き、退去を拒んだと述べた。ムレは、ウガンダ側の行動を、南スーダンが自国領とみなす地域での奇襲攻撃だと説明した。いずれの説明も、国境線をめぐる中心的な対立を解消するものではなかった。

南スーダン軍報道官のルル・ルアイ・コアン少将は、両国の司令官が戦闘の即時停止を受け入れたと述べた。この一時停止は領土問題そのものを解決するためではなく、事案の調査を可能にすることを目的としていた。

ウガンダと南スーダンの国境の一部は、長年にわたって係争状態が続いている。当局は相反する主張を整理するため、合同国境画定委員会を設置し、両国の代表者は以前、2027年に最終決定が下される見通しだと述べていた。散発的な衝突は起きてきたが、両国軍による直接戦闘はまれだった。

ウガンダと南スーダンが安全保障上の協力国であるため、今回の衝突は特に注目された。ウガンダ軍は、リエック・マチャル副大統領に忠実な勢力に対抗するサルバ・キール大統領の政権を支援するため、南スーダン国内に展開していた。ウガンダ特殊部隊は首都ジュバをはじめ国内各地に駐留しており、今回の国境での交戦は同盟関係にある両国軍間の異例の亀裂となった。

今回の死者発生により、現地の不確実な状況が国家間の軍事対立へ拡大するのを防ぐよう、司令官らに圧力もかかった。即時停戦によってさらなる交戦の危険は低下したが、食い違う死傷者数と現場の位置に関する双方の異なる説明は、共同の事実調査が必要であることを浮き彫りにした。長期的な危険は、未完了の国境画定作業と結び付いたままだった。現地で合意された境界線がなければ、一方の軍が国内での部隊展開とみなす移動を、他方が侵入と解釈する可能性がある。