2025年10月10日、イスラエル内閣が戦争を一時停止し、人質とパレスチナ人囚人を交換する合意を承認してから数時間後、イスラエルとハマスの停戦がガザで発効した。軍が停戦開始を発表すると、数万人のパレスチナ人が甚大な破壊を受けたガザ地区北部へ戻り始めた。これは、米国と地域諸国の仲介を通じて交渉されてきた計画の最初の具体的な一歩となった。
AP通信によると、イスラエル軍は金曜日に停戦の開始を確認し、残る人質48人は数日以内に解放される見通しで、そのうち約20人が生存しているとみられていた。軍はまた、合意された線まで撤退した後も、なお支配するガザの約50%の地域から防衛目的の作戦を継続すると述べた。この点が重要なのは、停戦が完全撤退ではなく、軍の大規模な駐留を残す最初の再配置であることを示したからだ。
この合意により、人道支援を大幅に増やす道も開かれた。国連当局者によると、イスラエルは日曜日から支援活動を拡大することを承認し、ヨルダンやエジプトなどの近隣諸国にはすでに17万トンの物資が配置されていた。燃料、医薬品、そのほかの不可欠な物資がケレム・シャローム検問所を通過し始める一方、人道支援機関は、より多くの国境検問所の開放と、民間人および支援要員のより安全な移動を求めた。
しかし、最も難しい問題は依然として未解決だった。ネタニヤフ首相は、ハマスは武装解除しなければならず、ガザは非武装化される必要があると述べた。AP通信の報道は、より広範な停戦について、誰がガザを統治するのか、またその移行をどのように進めるのかという問題が未解決のままだとも指摘した。停戦は、数万人のパレスチナ人を死亡させ、ガザ人口の約90%を避難させた戦争を一時停止したが、政治的な最終決着には至らなかった。
現地では、変化が目に見え、感情を揺さぶるものだった。大半が徒歩で、多くがわずかな所持品を抱えた人々が、家に何が残っているかを確かめるため、海岸沿いの道路を北へ絶え間なく進んだ。ハンユニスなどで、がれきしか残っていない光景を目にした人々もいた。停戦は安堵をもたらしたが、同時に破壊の規模と、その後の協議が失敗すればなお崩壊しかねない合意の脆弱さをあらわにした。
支援の要素が中心的なのは、停戦が砲撃の一時停止以上のものとなるはずだったからだ。AP通信によると、国連はすでに17万トンの物資を近隣諸国に配置し、許可が下り次第ガザへ搬入できる態勢を整えていたが、検問所の運用と車列の移動方法については、なお詳細を詰める必要があった。
現地の光景は、それがなぜ重要なのかを示した。パレスチナ人は家に何が残っているかを確かめるため海岸沿いを北へ移動する一方、ハンユニスでは、がれき、折れた木材、数点の衣服しか見つからない人々もいた。そこには、署名された停戦と実際の復旧との隔たりがある。銃撃はまず減速するかもしれないが、人々が戻ろうとするあらゆる場所で被害は目に見える形で残っている。
北部への帰還の規模は、パレスチナ人が自分たちの地区に何が残っているかを確かめるために、どれほどの危険を冒す覚悟があるかも明らかにした。人々ががれきの中へ戻ったのは、代わりの選択肢が無期限に避難生活を続けることだったからであり、それは、戦闘の脆弱な一時停止でさえ現地で大きな変化と感じられた理由を説明している。



