# ギニアビサウ選挙管理委員会、クーデター後に武装集団が集計表を破壊したと発表
発生日:2025-12-02
ギニアビサウの選挙管理委員会は、クーデターの際に武装集団が票の集計記録の大半を破壊したため、先月の選挙結果を公表できないと述べた。
国家選挙管理委員会(CNE)は、ビサウのものを除く集計表が破壊され、選挙手続きを完了できなくなったと述べた。事務局次長のイドリサ・ジャロは記者団に対し、クーデター前日の朝、目出し帽をかぶった武装集団が集計室に押し入り、携帯電話とコンピューターを押収し、選挙関連書類を破壊したと語った。
破壊の規模は甚大だった。ジャロによると、男らはCNE委員長と、その場にいた最高裁判所判事5人を拘束し、職員45人を脅迫した。また、メインサーバーが破壊されたほか、オイオとカシェウからの集計表は移送中に奪われ、没収されたという。そのため、残っているのは首都の不完全な記録だけで、全国結果を認証するには不十分だ。
同委員会の判断は、結果をなお公表できるかを尋ねた西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の代表者らとの月曜日の会合を受けたものだ。ジャロによると、答えは「できない」だった。つまり選挙手続きは、単なる集計をめぐる争いではなく、集計そのものを完了するために必要な資料が物理的に破壊されたことで頓挫したことになる。
クーデターは暫定結果の発表予定日の前日に起き、再選を目指していたウマロ・シソコ・エンバロ大統領を失脚させた。軍による政権掌握が介入する前に投票は事実上最終段階に達していたため、このタイミングは選挙の混乱をいっそう重大なものにしている。
報告はまた、5日間拘束されていたCNEのムパビ・カビ委員長が、ジャロとともに初めて公の場に姿を現したと伝えている。この点は、行動能力が著しく制約されているにもかかわらず、委員会が組織としての継続性を改めて示そうとしていることをうかがわせる。
ギニアビサウは長年、軍の介入を受けやすい状況にあった。1974年のポルトガルからの独立以来、4回のクーデターと多数の政権掌握未遂を経験している。この歴史を踏まえれば、今回の集計表破壊は孤立した機能不全ではなく、長く続く不安定さの一部といえる。
クーデターの政治的動機は依然として不明だ。報告によると、クーデターは、その後コンゴ共和国に避難したエンバロの承認を得て実行されたのではないかとの憶測が出ている。しかし、提供された証拠の範囲ではあくまで憶測であり、事実として扱うことはできない。
確認できるのは、選挙管理委員会が完全な結果を公表するための物的基盤をもはや失っていることだ。破壊された集計表やサーバー、行方不明の記録がなければ、通常の方法で投票結果を認証することはできない。投票から結果へ至る明確な道筋が失われたため、その影響は選挙と憲法秩序の双方に及ぶ。
選挙資料の破壊は、クーデターが何を達成しようとしたのかをめぐる不確実性も深めている。単に大統領を排除することが目的だったのか、投票記録を消すためだったのか、それとも最終結果に対する影響力を保持するためだったのか。証拠はその問いに答えていない。ただし、委員会が任務を終えるために必要な手段を奪われたことは示している。
ギニアビサウにとって、これは深刻な制度上の機能不全だ。票の集計を担う機関が、集計できないと公に認めた。クーデターが選挙をいかに徹底的に混乱させたかを示すには、それだけで十分だ。
その結果、認証された結果もなく、選挙記録も破壊されたまま、国民は待たされている。



