発生日:2025年12月10日。 現地の情報源によると、ミャンマー軍が西部の町ミャウウーにある病院を攻撃し、少なくとも34人が死亡、数十人が負傷した。この施設はラカイン州にあり、軍事政権と戦う最も強力な少数民族武装組織の一つ、アラカン軍が支配する地域に位置している。
攻撃は現地時間午後9時ごろ、GMTでは14時30分に起きた。アラカン軍の保健部門は、患者10人が現場で死亡し、ほかにも多数が負傷したと発表した。同組織の報道官カイン・トゥカ氏はBBCに対し、死傷者の大半は病院の患者だったと述べ、軍が民間施設を意図的に攻撃したと非難した。
攻撃後の状況を写したとみられる画像がソーシャルメディアで拡散した。画像には、病院施設の一部で屋根が損傷または消失し、壊れたベッドやがれきが敷地内に散乱している様子が写っていた。提供された報道では、すべての画像の独立した検証や、負傷者の最終的な内訳は示されていない。
ミャンマー軍はこの攻撃について直接コメントしなかった。軍支持派のTelegramアカウントは、攻撃は民間人を狙ったものではないと主張したが、提供された資料では詳しい別の説明を示していない。これらの主張と、アラカン軍系の情報源からの報告との食い違いは、直ちには解消できなかった。
病院への攻撃は、少数民族武装勢力から領土を奪還するための軍事作戦が激化するなかで起きた。軍事政権は空爆と激しい砲撃の使用を増やし、爆弾投下のために動力付きパラグライダーも配備していた。2025年のこれ以前には、宗教的な祭典に集まった群衆にこの種の航空機が爆弾2発を投下し、20人を超える人々が死亡した。
より広範な紛争は、軍が2021年のクーデターで権力を掌握した後に始まり、内戦へと発展した。内戦では数千人が死亡し、数百万人が避難を余儀なくされている。反政府勢力と少数民族武装勢力は一時、国土の半分以上を支配していたが、中国とロシアからの新技術や装備が、軍事政権の勢力拡大を後押ししたとみられる。
今回の攻撃は、当局が12月28日に予定されている総選挙に向けて準備を進めるなかでも起きた。これはクーデター後初の選挙となる。軍事政権は投票を安定への道筋と説明する一方、批判者や反政府団体は正当性がないとして拒絶した。国連の人権専門家トム・アンドリュース氏はこれを茶番と呼び、少数民族武装勢力はボイコットを表明した。
軍が沈黙を保ち、現地へのアクセスが続く戦争の影響を受けるなか、責任の所在に関する主張や死傷者の全容を独立して検証することは依然として困難だった。それでも、入手可能な証言はいずれも、空爆戦のより広範な激化のなかで病院が壊滅的な被害を受けたと一貫して説明している。投票をめぐる政治的圧力はすでに強まっていた。当局は、Facebookで反選挙メッセージを配布したとされる男性を含め、選挙を妨害したとして人々を逮捕し、抗議活動に関与した活動家10人を捜索していると述べた。



