# オーストラリア、ボンダイビーチ銃撃事件後に大規模な銃器買い戻しを発表
発生日:2025年12月19日
NeoTechNews編集部
オーストラリアは2025年12月19日、シドニーのボンダイビーチ銃撃事件を受け、全国規模の銃器買い戻し制度を開始し、国を挙げた追悼行事を実施すると発表した。この襲撃では15人が死亡し、銃規制が再び国政の中心的な議題となった。アンソニー・アルバニージー首相は、これらの措置を襲撃への実務的な対応であると同時に、反ユダヤ主義的な暴力や武装した過激主義によって国のあり方を決めさせないという道義的な意思表示として示した。
アルバニージー首相は、銃撃事件から1週間となる12月21日日曜日を国民的な追悼の日とし、1週間前に襲撃が起きた時刻だとする午後6時47分にろうそくをともすよう国民に呼びかけた。また、遺族が親族を埋葬し、生存者を支援する時間を確保してから、より大規模な公式式典を行えるよう、新年に別途「国民哀悼の日」を設けることも発表した。
政策面でより重大な動きは、「余剰の銃器、新たに禁止された銃器、違法銃器」を対象とする新たな買い戻し制度だった。アルバニージー首相は、35人が死亡したポートアーサー虐殺事件を受けてオーストラリアが銃器法を全面的に見直した1996年以来、国内最大の取り組みになると述べた。この比較を持ち出したことで、政府はボンダイでの銃撃を単発の治安上の失敗ではなく、全国的な銃器対策を正当化するほど深刻な出来事と見なしていることを示した。
フランス24が掲載したAFPの報道によると、捜査当局は、サジド・アクラムと24歳の息子ナヴィードがボンダイビーチのユダヤ教の祭典に向けて発砲したとみている。サジドは警察との銃撃戦で死亡し、ナヴィードは生存して、15件の殺人罪、テロ行為およびその他多数の重大犯罪で起訴された。当局は、2人が「イスラム国」から影響を受けたとみており、銃撃の数週間前にフィリピンを訪れた際、イスラム過激派と接触していたかどうかを捜査していた。
約1週間後も、シドニーでは厳戒態勢が続いた。警察は、ボンダイビーチで暴力行為を計画していた可能性があるとの情報に基づいて7人の男性を拘束した翌日、全員を釈放したが、銃撃犯とされる人物らとの関連は確認されておらず、市民に差し迫った安全上の危険はないと説明した。この区別は重要だった。当局は市民を安心させようとする一方、警戒態勢を引き続き強化することも示そうとしていた。
市民の悲しみは海岸そのものでも目に見える形で表れた。数百人の水泳客やサーファーが犠牲者を追悼してボンダイの海に入り、波間で輪を作り、オーストラリアの生活におけるこのビーチの象徴的な位置付けを反映する追悼の意思を示した。報道によると、襲撃者とされる人物の1人から銃を奪い取って襲撃中に銃創を負った地元男性には、4万3,000人を超える寄付者から165万ドルを超える寄付金が集まった。
オーストラリアの銃器法は長年、世界で最も厳格な部類に入ると評価されてきた。それだけに、アルバニージー首相による買い戻しの発表は、制度の当面の詳細を超える重みを持った。政府のメッセージは、既存の改革は大規模だったものの、流通する銃器を十分には減らせていなかったというものだった。追悼と新たな規制を組み合わせることで、キャンベラはボンダイでの襲撃を、国民的な悲劇であると同時に、さらなる措置を必要とする政策上の失敗として扱う姿勢を示そうとした。



