# マリ北部のニジェール川でフェリー沈没、少なくとも38人死亡

発生日:2026-01-13

2026年1月13日にAP通信が引用した住民と地元当局者によると、マリ北部のニジェール川でディレに接岸しようとしたフェリーが岩に衝突して沈没し、少なくとも38人が死亡したと報告された。沈没が起きたのは数日前の木曜日だったが、APが記事を報じた時点でも、地元の家族や地域関係者は遺体の収容を続け、事故がどのように起きたのかを解明しようとしていた。

APによると、地元当局はまだ公式の死者数を発表していなかった。死者38人という数字は、地域住民でマリ国民議会の元議員でもあるアルカイディ・トゥーレ氏が示したもので、同氏は23人が生存したと述べた。公式な死者数が直ちに示されなかったことは、この地域の遠隔性に加え、紛争の影響を受け、国家の対応能力が限られた地域で犠牲者数を記録することの難しさを浮き彫りにした。

別の住民ムーサ・アグ・アルムバレク・トラオレ氏はAPに対し、事故で親族21人を失い、川沿いに散らばった遺体の収容を自ら手伝ったと語った。その証言は、個々の家族や地域社会が被った人的損失の大きさを際立たせた。APはまた、船には家族連れと、最近コメを収穫した農家が乗っていたと報じた。つまり、多くの乗客は、組織された商業輸送で移動していたのではなく、農作業から戻る途中だった可能性が高い。

目撃者によると、フェリーは日没後にディレへ到着した。この地域ではアルカイダ系武装勢力による攻撃を防ぐための治安規則により、夜間の接岸が禁止されている。トラオレ氏によると、操船者は朝まで待つことを望まず、代わりに別の場所から上陸しようとした。その際、船は岩に衝突して沈没した。提供された証拠には公式な技術調査の結果は含まれていないが、時間帯、川の状況、承認された手順から外れて接岸しようとした判断が災害の中心的要因だったという大筋の説明は裏付けられている。

この事故はまた、治安の悪化がマリ北部の民間人の日常的な移動にどのような影響を与えているかを露呈した。日没後の武装勢力による脅威を減らすための規則が、川における通常の交通形態を変えており、そうした制限が、フェリーの最後の接岸が失敗した背景の一部を成していた。

発生日の時点で事態はなお進行中で、証拠資料には国による公式な死者数は含まれていなかった。それでも、確認された事実だけで十分に悲惨である。家族連れや農家を乗せたフェリーがディレへの接岸を試みて岩に衝突し、数十人が死亡し、生存者や親族は困難な状況の中で遺体の収容に追われた。この悲劇は、交通上の危険、脆弱なインフラ、そしてマリ北部の日常生活を特徴付ける広範な治安上の圧力が、致命的な形で重なり合ったことを示した。