発生日:2026年3月8日

オーストラリアのゴールドコーストで、アジアカップのフィリピン戦に0対2で敗れたイラン女子サッカー代表のバスを、試合後に抗議者らが約15分間取り囲んだ。約200人のデモ参加者は、選手らを行かせるよう求めてシュプレヒコールを上げ、車体をたたき、出発を阻止しようとしたが、警察が群衆を押し戻した。

この出来事に先立ち、チームが韓国との初戦前にイラン国歌を歌うことを拒んだことをめぐり、論争が起きていた。イラン国営テレビは選手らを裏切り者と呼んだ。その後、グループステージ最後の2試合では、選手らは国歌を歌い、軍隊式の敬礼をした。観察者や人権活動家は、この変化を当局からの圧力によるものとみている。

バス内の選手らは抗議の様子を撮影し、中には苦境を訴える合図を送ったと報じられた選手もいた。車両はチームのホテルに戻った。翌日の報道では選手5人がホテルを離れたとされたが、所在や各人の希望は不明で、保護を求めたのか、単に別の場所へ移っただけなのかを確認するのは困難だった。

アムネスティ・インターナショナルの代表、ザキ・ハイダリ氏は、代表チームが厳重な監視下に置かれているように見え、通信が制限されているため、弁護士、メディア、人権団体が選手らと話せずにいると述べた。FIFPROの地域組織も接触を確立できていないとし、状況を極めて憂慮すべきものだと表現した。

チーム監督のマルジエ・ジャファリ氏は公の場で、チームはイランへの帰国を強く望んでおり、自身も家族や同胞のもとに戻りたいと述べた。活動家らは、選手たちが自由に話せない可能性があると警告したが、同監督の発言が強要されたものだと示す証拠はなかった。亡命を申請するかどうかは、それぞれの個人が決めることになる。

イラン系コミュニティーや市民社会の12団体は、懸念を表明する書簡をオーストラリアの内務相に送った。元オーストラリア代表主将のクレイグ・フォスター氏はFIFAとアジア・サッカー連盟に選手らを保護するよう求め、野党政治家らは、希望する者には誰にでも避難先を提供すべきだと訴えた。

ペニー・ウォン外相はイラン人女性への連帯を表明したが、具体的な移民上の決定は発表しなかった。人権擁護者らは、選手らが迫害を恐れている場合、安全に亡命を申請できる機会を与えることが、オーストラリアの難民に関する義務によって求められていると主張した。この見解は、申請が提出された、あるいは承認されたことを意味するものではない。

フィリピンの勝利によってイランの大会敗退が決まったが、代表チームをめぐる不透明な状況が競技結果を覆い隠した。バスをめぐる衝突で選手らへの注目が高まる一方、選手らを取り巻く圧力も強まった。選手らの安全を確実に評価するには、当局者、抗議者、活動家が本人に代わって話すことなく、それぞれが自らの意向を説明できる、非公開かつ独立した接触が不可欠だった。

警察の介入によりバスの経路は確保されたが、選手らの長期的な立場については何も明らかにならなかった。スポーツ団体、移民当局、独立した支援者はそれぞれ異なる責任を負っており、そのいずれも女性たち本人との秘密が守られた対話に代わることはできなかった。