出来事の日付:2026年3月15日
米国はパラアイスホッケー決勝でカナダを6-2で破り、歴史的な冬季スポーツでの快進撃を締めくくった。これにより、AP通信がミラノ・コルティナのオリンピックとパラリンピックにおけるホッケー競技の完全制覇と呼んだ偉業を達成した。米国男子代表はすでに、その3週間前のオリンピック決勝でカナダを破っており、この勝利で米国は稀有な偉業の最後の一つを手に入れた。
主役となったのはジャック・ウォレスだった。ウォレスがハットトリックを達成し、ケイデン・ビーズリー、デクラン・ファーマー、ブロディ・ロイバルが米国の残る得点を挙げた。カナダはリアム・ヒッキーがチームの2得点をともに決め、長い時間にわたって試合に食らいついたが、米国は最終ピリオドに3得点を挙げて突き放した。この結果、米国は同一年のオリンピックとパラリンピックでホッケー3大会すべてを制した史上初の国となった。
APの報道によると、この競技は男女混合に分類されるため、パラリンピックには女子部門がない。この点は、パラアイスホッケー決勝が、オリンピック競技のような男女別の枠ではなく、より広範なホッケー完全制覇の一部に位置づけられる理由を説明している。また、米国の偉業がいかに異例だったかも浮き彫りにする。米国は単に一つのタイトルを獲得しただけでなく、オリンピックとパラリンピックの氷上競技にまたがる3大会すべてを制したのだ。
主将のジョシュ・ポールズは、この勝利を長期的な投資の成果と位置づけた。チームがやり遂げたことをうれしく思うと語り、米国のプログラムに若い選手を継続的に送り込む草の根の育成経路を指摘した。ポールズはまた、ウォレスを特に称賛した。ウォレスは子どもの頃の水上スキー事故により、10歳で右脚を膝上から切断することになり、その経験が競技の頂点に至るまでの道のりを形作った。もう競技人生は終わったと思っていたウォレスは、その後パラアイスホッケーに出会った。
その個人的な歩みは、決勝にさらなる感慨を与えた。ウォレスのハットトリックは単なる大試合での活躍ではなく、驚異的な回復と再起の物語における最新の一歩だった。ポールズは、氷上に戻ろうと決意した少年だったウォレスが、パラリンピックの金メダル決定戦を左右できる選手へと成長する姿を見てきたと語った。すでに勝利に慣れたチームにとって、そうした進化はチームのアイデンティティーの一部だ。
米国はこれでパラリンピック5連覇を達成し、ロースターの複数の選手が複数回の金メダル獲得に加わってきた。その継続性こそ、この決勝が一つのスコア以上の意味を持つ理由の一つだ。米国のパラアイスホッケー・プログラムが、ほかのすべての国が追いかける基準になったことを示す最新の証明だった。
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