米控訴裁、YPF賠償判決を破棄

米控訴裁判所は、石油会社YPFの2012年の国有化を巡りアルゼンチンに命じられた161億ドルの支払いを取り消した。自国経済の安定化に取り組むハビエル・ミレイ大統領にとって、大きな法的勝利となった。ニューヨークの米第2巡回区控訴裁判所が2対1で下した判決は、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所のロレッタ・プレスカ判事による2023年の判決を覆した。

訴訟の中心となったのは、YPF株の計25.4%を保有していた少数株主のペテルセン・エネルヒア・インベルソラとエトン・パーク・キャピタル・マネジメントだった。両社は、アルゼンチン政府が2012年に同社株の51%を取得した際、アルゼンチン法で義務づけられた株式公開買い付けを実施しなかったと主張した。控訴裁判所は、契約違反の請求はアルゼンチン法上認められないとし、巨額の損害賠償を支えた根拠を崩した。

アルゼンチンは長年、この訴訟はニューヨークではなく自国で審理されるべきだと主張してきたが、YPFがニューヨーク証券取引所に上場しているため、米裁判所はニューヨークでの審理を継続した。この争いには多額の費用がかかり、政治的にも微妙な問題となっていた。アルゼンチン側の試算では、利息を含む支払額が約180億ドルに膨らんでいたからだ。当局者らは、支払いによって、すでに債務とインフレに苦しむ同国に深刻な圧力がかかりかねないと警告していた。

支払われる資金の多くが、株主側を支援する訴訟金融会社バーフォード・キャピタルに渡った可能性が高いという点でも、この判決は重要だ。ミレイはXで結果を「考え得る最善の結果」と表現しており、この判断によってアルゼンチン財政にのしかかっていた最も差し迫った法的脅威の一つが取り除かれる。

YPFは今も、アルゼンチンで象徴的な意味を帯びた資産だ。20世紀初頭に国営企業として設立され、1993年に民営化された後、当時のクリスティナ・キルチネル大統領の下で再び国の管理下に戻った。キルチネルは2012年に同社を再国有化し、国内需要を満たすだけの石油とガスを生産できていないと主張した。

控訴裁判所は賠償額を単に減額したのではなく、その根拠となった中心的な論理を消し去ったため、この判断の法的意義は大きい。実務上は、交渉上の優位性がニューヨークで訴訟を起こした少数株主側からアルゼンチン側へ戻ることになる。また、控訴審判決が元の判断の根拠を崩したことで、当初の161億ドルという金額を軸にした和解の余地も狭まる。

この紛争は常に、米裁判所でたどった異例の経緯と結びついていた。YPFがニューヨークで取引されていることが現地での裁判管轄権を支える一因となった一方、根底にある請求は、2012年の国有化後にアルゼンチンが同社をどう扱ったかに端を発していた。国内政策、外国投資家、国境を越える金融が混在したため、この訴訟は当初から極めて機微なものとなった。控訴裁判所の判決はその歴史を消し去るものではないが、アルゼンチン政府に対する未解決の賠償判決のうち、最大級の一件を決着させるものだ。