発生日:2026年3月30日
ビクトリア州警察はソロゴロングの敷地で3時間にわたり対峙した末、逃亡者デジ・フリーマンを射殺し、ビクトリア州北東部の険しい山岳地帯にまたがる7カ月間の捜索に終止符を打った。
警察は2日後の4月1日、死亡した男性をフリーマンと正式に特定した。したがって、この身元確認は3月30日の出来事について後日確認されたものであり、銃撃時に公表された情報ではなかった。
ABCは、にらみ合いの最中にビクトリア州警察特殊作戦部隊の警察官最大8人がフリーマンに向けて発砲したと報じた。警察は催涙ガスと非致死性の警棒弾も使用した。殺人捜査班が銃撃事件の捜査を開始し、警察は、フリーマンが行方不明だった数カ月間の足取りについて、現時点では詳細を説明できないと述べた。
56歳のフリーマンは2025年8月、ポアパンカにある自宅裏の森林地帯へ逃げ込んでいた。警察によると、捜索令状を執行するため一団が敷地を訪れた際、フリーマンが警察官2人を殺害し、さらに1人を負傷させた。ガーディアンは事件を振り返る際、この2人の殺害を疑惑として記述した。フリーマンは死亡前に裁判を受けていなかったため、法的には先の銃撃事件に対する責任は警察側の主張にとどまっていた。
死亡した警察官は、上級巡査部長のニール・トンプソン(59)と巡査のバディム・デ・ワールト=ホッタート(35)だった。地元警察官や性犯罪・児童虐待捜査チームのメンバーを含む警察官10人が、2025年8月26日にポアパンカの敷地を訪れていた。フリーマンは襲撃後、徒歩で逃走した。
困難な地形にまたがった捜索
ガーディアンによると、この捜索はオーストラリア史上最大規模の一つとなり、数百人の警察官が参加し、陸軍も支援した。ソロゴロングはポアパンカから山岳地帯を陸路で約100キロ離れている。フリーマンが行方不明だった期間中、この地域では降雪や激しい嵐、大規模な夏季の火災が発生した。
ABCによると、1月の森林火災で12万ヘクタール以上が焼け、地域の住宅14棟が焼失した。地元の消防士は、落雷による出火地点が、フリーマンが最終的に発見された場所から1キロ未満だったと述べた。警察は、捜索が続く間にどのように生き延びたのかを含め、フリーマンの足取りに関する調査は継続中だと述べた。
マイク・ブッシュ警察本部長は、警察はフリーマンが何らかの支援を受けていたに違いないと考えていると述べた。ブッシュ氏は記者団に対し、捜査当局はフリーマンがソロゴロングの場所にどのくらいの期間いたのか、また誰かが手助けしたのかを特定するため、時間をさかのぼって調べると語った。関与していたことが判明した者には責任を負わせると警告した。これは捜査上の見解であり、特定の人物が支援したとの認定ではない。
分かれた地域社会の反応
フリーマンは、政府や法執行機関の権限の正当性を否定する疑似法思想に関係する人々と交流していた。ブライト、マートルフォード、ポアパンカ周辺の地域社会を取材した報道では、彼の死に対する反応が大きく分かれていることが明らかになった。一部の住民は捜索の終結を歓迎した一方、同調者らは警察の説明に疑問を呈したり、フリーマンについて好意的に語ったりした。
ガーディアンが仮名で紹介した女性は、フリーマンに遭遇していたとしても警察には連絡しなかっただろうと述べた。女性は、同様の信念を共有する、より広範な地元のネットワークが存在すると説明したが、自身がフリーマンをかくまったとは述べなかった。何年も前にフリーマンを知っていた別の人々は、当時の彼についての記憶と、その後の行動や思想を結び付けて理解するのは難しいと語った。
ガーディアンが引用した専門家らは、疑似法コミュニティーの一部がフリーマンを殉教者として描き、その死を国家権力に関する既存の主張に組み込む可能性があると警告した。一方、警察は彼の逃走経路と支援者がいた可能性のあるネットワークの解明に重点を置いた。
直ちに確認された結果は、より限定的なものだった。フリーマンは3月30日、長時間にわたる武装警察の作戦後に死亡し、検視当局と警察は4月1日に身元を確認した。また、殺人捜査班が死亡に至った対峙の検証を担当した。それまでの7カ月間をどこで過ごしていたのか、誰かが支援したのかという疑問は、提示された報道では未解決のままだった。



