出来事の日付:2026年4月10日。 レバノン南部各地に対するイスラエルの空爆で、ナバティエの治安要員13人を含む少なくとも14人が死亡した。ヒズボラとの砲火の応酬が続くなか、人道支援機関は、避難民の発生が食料安全保障上の緊急事態へと発展しつつあると警告した。
レバノンのジョセフ・アウン大統領は、南部の都市ナバティエにある政府庁舎が攻撃を受け、要員13人が死亡したと述べた。民間防衛隊は引き続きがれきの捜索を行っており、死者数が増える可能性が残っている。レバノン国営通信はこれとは別に、ハンナウィヤへの空爆で1人が死亡し、もう1人が負傷したと報じた。
アイタ・アルシャアブ、アルマジャデル、ハニネでも攻撃が報告された。レバノン南部からの報道によると、住宅の破壊を含む軍事活動が一日を通じて続いた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、イスラエル軍が3月12日から4月8日にかけて、リタニ川以南の地域とレバノンの他地域を結ぶ主要な橋を破壊、または甚大に損傷させ、使用可能な主要渡河地点は1カ所しか残っていないと述べた。
ヒズボラは、イスラエル北部のキリヤト・シュモナ、メトゥラ、ミスガブ・アムに向けてロケット弾で反撃したと発表した。同組織はまた、イスラエルの作戦と停戦違反とされる行為への報復だとして、アシュドッド海軍基地へのミサイル攻撃も主張した。提供された報道には、こうした戦闘上の主張に関する独立した評価や、発射による死傷者についての記述はなかった。
ベイルートでの戦闘は、2日前の大規模な攻撃時ほど激しくなかったが、市民向けサービスへの圧力は依然として強かった。世界保健機関(WHO)は、いずれもイスラエルの避難命令の対象に含まれていたラフィク・ハリリ大学病院とアル・ザーラ病院について、攻撃しないとの確約を得たと発表した。避難は実行可能ではないと判断されたため、約450人の患者が院内に残っていた。
食料へのアクセスも悪化していた。世界食糧計画(WFP)のアリソン・オマーン国別代表は、避難世帯による需要の増加と地域での戦争による補給路の混乱を受け、価格が上昇していると述べた。ユニセフは、100万人を超える避難民のうち約39万人が子どもだと発表した。また、3月2日以降、レバノンで600人の子どもが死亡または負傷し、一部の子どもは行方不明になったり家族と離れ離れになったりしていると報告した。
今回の激化は、2月28日に米国とイスラエルによる対イラン戦争が始まり、3月2日にヒズボラがイスラエルを攻撃した後に起きた。これを受け、イスラエルはレバノン南部で空爆作戦と地上作戦を開始した。レバノン保健省によると、イスラエルの攻撃による累計の死者は1,953人、負傷者は6,303人に上った。
外交的な接触は進展しつつあったが、依然として予備的な段階にとどまっていた。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、レバノンとの直接交渉を命じたと述べた。レバノン当局者の一人は、ベイルート側が米国およびイスラエルの代表とのワシントンでの会合に出席する意向だと述べた一方、別のレバノンの情報筋は、この会合は交渉ではなく準備会合だと説明した。こうした不透明な外交情勢を背景に、国家機関への攻撃は、すでに拡大しつつある紛争に新たな争点を加えた。



