# 空母ジェラルド・R・フォード、イラン戦争に関連する記録的展開を終えノーフォークに帰港
米海軍によると、空母ジェラルド・R・フォードは2026年5月16日にバージニア州へ帰還し、ベトナム戦争以降、米空母として最長となった11カ月の展開を終えた。
空母は駆逐艦ベインブリッジ、駆逐艦マハンとともにノーフォーク海軍基地へ接岸し、約5,000人の水兵が、6月以来会っていなかった家族とようやく再会できた。ピート・ヘグセス国防長官は帰還式典に出席し、乗組員らに歴史をつくったと語った。海軍はまた、イラン戦争中の戦闘で傑出した任務遂行を見せたとして、空母打撃群に大統領部隊感状を授与した。
展開は6月、フォードがバージニア州を出港して、まず地中海へ向かったことで始まった。その後、大規模な地域海軍増強の一環として10月にカリブ海へ転進し、イランとの緊張が高まるなか、中東方面へ派遣された。AP通信の報道によると、空母は地中海から開戦初期の作戦に参加した後、3月上旬にスエズ運河を通って紅海へ入った。
同艦が任務で長期間母港を離れたことは、その長さだけでなく、乗組員と装備にかけた負担の大きさでも際立った。AP通信によると、水兵らはギリシャのクレタ島で空母の洗濯区画の一つから発生した非戦闘時の火災に対処した。この事故で数百人が寝る場所を失い、修理が必要になった。この展開はまた、乗組員をどれほど長期間海上にとどめられるのか、そして高い作戦強度が繰り返されることで、米国の最新鋭艦でさえどれほど消耗するのかという問題に改めて注目を集めた。
米海軍協会ニュースは、フォードが海上で過ごした326日間について、過去50年間で空母として最長であり、記録上、ベトナム戦争後で最長の展開だったと説明した。AP通信は、歴史的記録上これより長い空母の展開は、1973年のミッドウェイと1965年のコーラル・シーだけだったと指摘した。
国防総省は今回の帰還を成功物語として位置づけたが、記事は、長期化する危機を通じて空母打撃群を維持することの作戦上の代償も示した。水兵らはほぼ1年間、故郷を離れて過ごし、艦は複数の戦域を横断し、任務には戦闘作戦のほか、港から遠く離れた場所での損害対処も含まれた。
帰還はまた、5月半ばのより広範な軍事情勢を反映していた。フォードの到着は、地域で数週間にわたり緊張が高まり、米国による対イラン戦争が地中海、カリブ海、紅海の全域ですでに大規模な作戦変更をもたらした後のことだった。こうした動きにおける空母の役割は、フォードをこの軍事作戦の最も目立つ象徴の一つにした。
ノーフォークの第11埠頭から降り立った水兵らにとって、より広範な戦略は、帰宅できたという目の前の安堵に比べれば二次的なものだった。しかし海軍にとって、展開の長さ、国防指導部からの評価、戦闘に対する感状は、いずれも同じメッセージを示していた。フォードは集中的に運用され、ワシントンはそれを行き過ぎではなく、即応態勢の実証として示そうとしていた。
2026年5月16日は、海上でのその長い期間の終わりとなったが、そこから提起された疑問は残っている。



