発生日:2026年6月10日
ヨルダン軍によると、同国の防空部隊がイランから飛来したミサイル5発に対処したが、負傷者はなく、物的被害もなかった。飛翔体はザルカ県のアズラクに向かっていたと報じられている。迎撃後に破片が落下したため、陸軍の技術者が残骸に爆発物が含まれている可能性を調べ、安全確保に当たった。
アンマンはこの出来事を受け、いかなる勢力による侵入に対してもヨルダン領空を守るという軍の方針を改めて表明した。この発表は、テヘランとワシントンの直接的な敵対行為が再び急激に激化し、地域の複数地点で軍事行動が報告されるなかで行われた。
今回の応酬に先立ち、イランはホルムズ海峡上空で米軍の攻撃ヘリコプター「アパッチ」を撃墜していた。ドナルド・トランプ大統領は、乗員2人は無傷で脱出したと述べ、米国による対応が必要だと説明した。その後、中央軍は米東部時間午後5時からイランに対する作戦を開始したと発表し、防御的かつ相応の措置だと位置付けた。
イランは、米国の施設を広範に攻撃したとの主張で応じた。同国のイスラム革命防衛隊(IRGC)は、米海軍および空軍の施設約21カ所を標的にしたと発表した。さらに、ヨルダンのムワッファク・サルティ基地にあるF-35戦闘機用格納庫や司令センターを含む施設を破壊したと主張した。
このイラン側の説明は、アズラク付近で直接的な被害も死傷者も出なかったとするヨルダンの発表と食い違っていた。提供された一連の資料には、IRGCの主張を裏付ける独立した証拠はなかった。イランのメディアはバーレーンとクウェートで爆発があったとの報道も伝え、革命防衛隊はバーレーンにある米海軍第5艦隊司令部に対して無人機を送り込んだと主張した。これらの主張も、提示された証拠では裏付けられていなかった。
対立は、4月の停戦が依然として不安定ななかで起きた。イランとイスラエルはその前日に攻撃を応酬しており、停戦を恒久的な合意に移行させる取り組みは失敗していた。より広範な紛争は、2月28日に始まった米国とイスラエルによるイランへの攻撃に端を発し、エネルギー価格や生活必需品価格の上昇を含む経済的影響をもたらしていた。
ヨルダンは以前にも、自国領土が直面する危険の規模を記録していた。4月上旬、同国軍は、より広範な戦争が始まって以降、イランの無人機とミサイル計281機・発がヨルダンに向けられたと報告した。このうち261機・発を迎撃し、ヨルダン当局者は約30人の負傷がこれらの事案に関連していたとしている。
こうした経緯を踏まえると、6月10日の5回の迎撃は、孤立した出来事というより、ヨルダンの防空能力に対する新たな試練だった。提供された2件の報道に共通する最も一貫した事実は、飛来したミサイルの数、アズラクに向かっていたこと、破片が落下したこと、そして負傷者も物的損害もなかったとするヨルダンの認定だった。空軍基地への大規模な攻撃が成功したとするテヘラン側の異なる説明については、独立した確認がない限り、同国の主張であることを明示する必要がある。



