発生日:2026年6月16日
中央アフリカ共和国で国連の支援を受ける特別刑事裁判所は、殺人、強制失踪、拷問、強姦を含む人道に対する罪の疑いで、フランソワ・ボジゼ元大統領の欠席裁判を開始した。首都バンギでの審理は、ボジゼが政権を握っていた間に、その権限下の部隊が犯したとされる虐待を対象としている。
事件の審理が始まった時点で、79歳のボジゼはギニアビサウで亡命生活を送っていた。検察は、2009年から2013年にかけてボジゼの治安部隊によるものとされる行為について、最高司令官および軍指導者として責任があると主張している。この事件に関係する元軍高官3人、ウジェーヌ・バレ・ンガイコセ、ヴィアネ・セムンディロ、フィルマン・ジュニア・ダンボイは、中央アフリカ共和国で公判前勾留されており、同様に審理を受ける予定だった。
特別刑事裁判所は、国内および国際的な裁判官で構成される混合法廷である。その権限は、国内で武力紛争が繰り返された2003年以降に犯された戦争犯罪やその他の重大な虐待に及ぶ。2024年、同裁判所は、ボサンベレの民間刑務所と軍事訓練施設で大統領警護隊が犯したとされる犯罪の捜査中に、ボジゼに対する国際逮捕状を発付した。裁判官らは、上位者および軍人としての役割に結び付く刑事責任の可能性を問うに足る、重大で一貫性のある証拠が存在すると述べた。
この事件は、中央アフリカの政治が激しく揺れた時代を改めて取り上げる。ボジゼは2003年のクーデターで権力を掌握し、その10年後に反政府武装勢力連合セレカによって追放された。ボジゼの失脚は、反政府勢力と民兵が重大な虐待を行ったとして非難された内戦の発生を促した。その後、ボジゼは2019年に帰国して選挙への立候補を目指したが、憲法裁判所は、ボジゼに対する疑惑に関連した道徳性を理由に立候補を退けた。
2020年末、ボジゼはフォースタン=アルカンジュ・トゥアデラ大統領の政権に挑んだ反政府同盟「変革のための愛国者連合」の指導者に就任した。その後、ロシアがワグネルの要員数百人を派遣すると、政府軍は同盟を押し戻した。ボジゼはその後チャドへ、さらにギニアビサウへ移り、2023年3月から同国で暮らしている。
今回の裁判は、共謀、反乱、殺人を理由にボジゼを欠席のまま終身強制労働刑に処した2022年の判決とは別のものである。最新の審理では、身柄を拘束されていない元国家元首に対する疑惑を、特別刑事裁判所が裁けるかが試される。欠席裁判によって事件の審理を進められる一方、ボジゼの所在とギニアビサウからの身柄引き渡しがないことは、最終的な判決を執行する上で大きな実務的障害となっている。



