出来事の日付:2026年6月17日。 アル・モニターが確認した公開追跡データによると、イランが所有し、米国の制裁対象となっている石油タンカー少なくとも3隻が米海軍の封鎖線を越え、オマーン湾方面へ抜けた。
船舶は、いずれも米国の制裁対象となっているイラン国営タンカー会社(NITC)が運航する Diona、Sonia、Hero II と特定された。NITCの4隻目の船舶 M/T Stream は、数週間待機した後、アラビア海から封鎖線に接近した。
MarineTrafficとKplerのデータによると、月曜日以降、少なくとも480万バレルのイラン産原油が米国の封鎖線より東へ移動した。中央軍は個々の船舶についての説明を拒み、その通過が明示的に許可されたのか、政策移行中に黙認されたのか、あるいは別の理由で阻止されなかったのかは不明のままだ。
ドナルド・トランプ大統領は日曜日、テヘランがホルムズ海峡を通航する船舶への威嚇をやめれば、イランの港湾周辺に対する規制の解除を開始すると発表していた。それにもかかわらず、米軍が支援する海事助言センターは、封鎖が金曜日まで続くと船舶に通知し、時期をめぐって相反するシグナルを発した。
米国とイランの代表は、その金曜日にジュネーブで一般的な枠組みに署名する見通しだった。この計画は戦争の一時停止を60日間延長し、外交交渉を再開するものだった。米当局者らは、商業タンカーの運航を以前の水準に戻すには、なお数週間かかる可能性があると警告した。
イランのマジド・タフトラバンチ外務次官は、ワシントンがすでに封鎖の緩和を始めたと述べた。米当局者も別途、イラン産原油の販売を認める制裁免除が検討されていると確認したが、いかなる恩恵もイラン側の履行を条件とすると説明した。要件には、核兵器を保有しないこと、濃縮物質を無力化すること、ホルムズ海峡の航行を妨害しないことが含まれていた。
米軍によると、この海軍作戦は4月以降、イランの港に向かう、または同港から出る船舶142隻を引き返させた。米軍はさらに、突破を試みたとされる船舶9隻を拿捕または航行不能にした。タンカーへの攻撃ではインド人乗組員3人が死亡し、インドは米国の臨時代理大使を呼び出した。
こうした経緯から、3隻が通過に成功したことには意味があるものの、封鎖が終了した証拠にはならない。追跡データによって移動と船舶の身元は確認できるが、それだけでは外交上の許可や海軍の意図は明らかにならない。
船舶の退出は、ジュネーブでの枠組み合意を前に、緊張緩和の可能性を示す早期の測定可能な兆候となった。それが持続的な再開につながるかどうかは、双方が条件を履行し、一貫した海事指針を出し、ワシントンに封鎖執行を再開させかねない攻撃を回避できるかにかかっていた。石油の買い手と海運会社がこの通過を通常の商取引として扱うには、明確な制裁指針も必要となる。



