アルジェリアは、経済への不満、政治的競争への制限、序盤の低投票率が影を落とす中、2026年7月2日に議会選挙を実施し、約2,500万人の登録有権者が下院議員407人を選ぶ投票に臨んだ。

アルジェ発のAP通信の報道によると、投票開始から2時間後の午前10時時点で投票率はわずか3%だった。政府は参加を促すため有給の国民休日を宣言しており、投票が行われる前から投票率が主要な懸念事項だったことを示している。AP通信はまた、選挙運動の催しの大半が敬遠されていたと報じ、多くのアルジェリア人が日々の関心事からかけ離れているとみている選挙戦に対し、市民の熱意が限られていることを示唆した。

そうした関心事の圧倒的な中心は経済だった。AP通信によると、多くの有権者は購買力と公共サービスの低下を懸念していた一方、2024年に再選を果たしたアブデルマジド・テブン大統領の下で政治的・市民的自由は縮小していた。そのため選挙は、物質的な苦境と政治への懐疑心が互いを強める状況下で行われた。サッカーさえも市民の関心を奪い、多くのアルジェリア人は代表チームが出場するワールドカップ決勝トーナメントの試合に注目していた。

選挙戦は、単純な人数では幅広かったが、政治的な開放性の面ではより狭かった。AP通信によると、407議席を1,235人の候補者が争ったものの、269人は立候補を禁止された。排除された候補者には、長期政権を率いたアブデルアジズ・ブーテフリカ大統領を2019年に退陣へ追い込む一因となった大規模な動員「ヒラク」抗議運動の元指導者や活動家が含まれていた。イスラム主義政党「平和のための社会運動」の一部候補者も立候補を禁止された。選挙当局は、失格処分は違法な資金ネットワークとのつながりや不審な政治活動に基づくものだと説明した。

テブン大統領は、有権者の選択は尊重され、今後の人民国民議会は有権者の意思を反映するとして安心させようとした。しかし、AP通信によるより広範な報道からは、懐疑心が残った理由が明らかだ。アルジェの投票所周辺では警備措置が目立ち、国による運営上の取り組みは、投票会場として教室を空けるため学校の試験日程を変更することから、遊牧民のため南部の砂漠地帯へ投票箱を届けることにまで及んだ。投票の仕組みは大規模だったが、この手続きが何を変えるのかという信頼は、それほど明白ではなかった。

退任する親政府派の多数勢力は約300議席を有し、イスラム主義政党MSPは64議席を保有していた。このため、この選挙は投票率を測るだけでなく、より制限的な政治環境の中で議会の勢力均衡がそもそも変化するのかを試すものとしても重要だった。フランスを含む国外居住者については、すでに前週末に領事館で投票が行われていた。

提供された証拠には最終投票率や結果が含まれていないため、最も確実に確認できる構図は、投票が始まった際の状況に関するものだ。2026年7月2日、アルジェリアの議会選挙は、形式的な選挙参加と目に見える政治的疎外感との衝突によって特徴づけられた。序盤の低投票率、候補者の立候補禁止、そしてインフレとサービス低下に左右された市民感情は、広範な国民投票を実施しようとする国家の取り組みが、より根深い信頼の問題に直面していることを併せて示唆した。したがって、選挙開始後の数時間は、政党の強さだけでなく、制度がなお市民から意味のある信頼を引き出せるかどうかを試す初期の試金石となった。