出来事の日付:2026年7月18日
マリ兵と同盟関係者からなる車列が、マリ北部のアネフィスからガオ方面へ移動中に攻撃を受けた。マリ軍は待ち伏せ攻撃を認め、対応作戦を開始した。
衝突はガオ州の人里離れた地域にあるタバンコルト付近で発生した。その後に公開された動画や写真には、燃料を運ぶ車両が写っているように見えた。この映像は補給任務だった可能性を示すものだが、提供された報告の中で当局は車列の目的を明らかにしていない。
2つの組織が共同で作戦を実行したと発表した。一方は、アルカイダ系の地域組織「イスラムとムスリムの支援団」(JNIM)だった。もう一方は、一般にFLAと略されるトゥアレグ人主導の分離独立派連合「アザワド解放戦線」だった。
両組織は、政府軍側に多数の死者と捕虜が出て、大量の装備が失われたと主張した。FLAのモハメド・エルマウルード・ラマダン報道官は、一部の兵士が死亡し、ほかの兵士は生け捕りにされたと主張した。また、装甲車を含む軍用車両が破壊されたか、無傷で奪取されたとも述べた。
マリ側は死傷者数を直ちには公表しなかった。攻撃側が公開した資料は、拘束された兵士、投降、奪取された輸送車両を撮影したものとされている。ある映像では、戦闘員がすでに横たわっている兵士に向けて発砲しているように見えた。AP通信は、これらの映像を独自に認証できなかった。したがって、死者数も拘束者数も確認済みの情報として報じることはできない。
軍は、同行していた協力者も追加の攻撃対象になったとしている。JNIMとFLAは、ロシアのアフリカ軍団の要員がマリ部隊に同行していたと述べた。証拠からは、それらの協力者が誰だったのかを独自に確認できない。
翌日、マリは攻撃現場周辺の敵対勢力の3拠点に対し、空爆または精密攻撃を実施したと発表した。声明によると、複数の敵を殺害し、車列は罠を脱して移動を再開した。この結果はマリ当局の公式主張であり、提供資料内では外部による検証がなされていない。
アネフィスの支配権は、その少し前に移っていた。武装勢力は7月4日に同地を占領した。マリは、兵士約30人が死亡し、60人が負傷する犠牲を払って、7月10日に奪還したと報告した。FLAは、この戦闘で自陣営の主要メンバーも死亡したと述べた。
JNIMとFLAが追求する政治的目標は異なる。JNIMは、領土と影響力を求めるイスラム主義武装ネットワークである。FLAは、アザワドと呼ばれる北部の独立国家樹立を主張している。両者の戦場での連携が深まることで、マリ軍事政権が直面する課題は一層大きくなっている。
より広範な危機は14年以上続いている。提供された記述によると、マリ人口の約20%に当たる500万人超が人道支援を必要としている。今回の攻撃は、アネフィスを奪還しても東方のガオへ至る経路の安全は確保されていなかったことを示した。



