発生日:2026年7月24日。 ヨルダン軍は、飛来したイランの兵器13基(ミサイル7発と無人航空機6機)を阻止したと発表した。航空機を使用して飛来兵器を撃墜し、この作戦による死傷者や被害は報告されていない。
ヨルダン軍総司令部の軍関係者が、国営ペトラ通信にこの説明を提供した。提示された証拠では各迎撃を独立して検証できなかったが、ヨルダン側の死傷者に関する相反する報告は示されていなかった。
イランは同日これに先立ち、ヨルダンとバーレーンにいる米国の要員および施設に対するドローン作戦を発表した。イラン国営メディアは、ヨルダン東部のムワッファク・サルティ空軍基地(アル・アズラクとも呼ばれる)が標的となり、格納庫、整備施設、兵舎を攻撃したと主張した。迎撃による被害はなかったとするヨルダンの声明は、イランの攻撃が成功したとの含意と矛盾しており、テヘラン側の説明は未確認のままとなった。
ヨルダンは、アル・アズラクを含む複数の拠点に推定4,000人の米軍要員を受け入れている。ワシントンと緊密な安全保障協力関係にあるにもかかわらず、アンマンは米国、イスラエル、イランの間で拡大する紛争への直接関与を避けようとしてきた。ヨルダンはテヘランとの外交関係を維持し、自国領土を近隣諸国への攻撃拠点にはしないと繰り返し表明していた。
兵器がヨルダン領空を通過するようになると、その立場を維持することは一層困難になった。米国のドナルド・トランプ大統領が、イランとの6月の停戦枠組みはもはや有効ではないとの認識を示した7月8日に直近の戦闘が始まって以降、同国はイランのミサイルとドローンを複数回迎撃していた。防衛行動はヨルダン領土を守った一方、同国軍を地域的な攻撃と反撃の連鎖に直接組み込むことにもなった。
イラン軍は金曜日、湾岸地域の別の場所でも作戦を実施したと報告した。アラシュ攻撃ドローンをバーレーンのイサ空軍基地に向けたと主張する一方、バーレーンは自国軍がイランの攻撃を迎撃したと発表した。イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)はまた、クウェートのアリ・アル・サレム空軍基地に兵器を向けたと述べた。クウェート軍は敵対的なドローンに対処したと報告したが、提示された説明からは、双方の声明が同じ事案について述べたものかどうか判断できなかった。
IRGCはその後、地域全体の民間人に対し、米軍基地から離れるよう警告し、さらなる作戦の可能性を示唆した。一方、米中央軍は、別の一夜にわたる攻撃で、イランの指揮所、ドローン保管施設、通信システム、沿岸部の軍事能力を攻撃したと発表した。
ヨルダンが報告した13基の兵器の迎撃による直接的な損失はなかったが、これは米軍を受け入れつつ直接戦闘への関与を避けようとする国々が直面する危険を浮き彫りにした。攻撃がヨルダン、バーレーン、クウェートへと広がるなか、領空防衛をめぐる判断は、軍事面だけでなく外交面でもますます大きな影響を伴うようになっている。



