発生日:2026年8月7日。 タイ当局によると、14歳の生徒が祖父母を殺害した後、バンコク北西のデブシリン・ノンタブリ校で発砲し、職員5人を射殺した。この少年はその後、校内で自殺した。[情報源15315]

襲撃は午前10時ごろ、ノンタブリ県にある男女共学の公立校で始まった。同校には12歳から18歳までの生徒約3,000人が在籍している。ポラピー・スワンチュウィー内務副大臣は、校内で死亡した5人は教師と管理職員だったと述べた。その後、警察は、生徒と同居していた祖父母が自宅で銃撃によるとみられる傷を負って死亡しているのを発見した。[情報源15315]

負傷者数については報道に食い違いがあった。学校から約5キロ離れたバンヤイ病院は、重体10人を含む23人が負傷したと報告した。ガーディアンはタイの保健当局の情報として、30人超が負傷し、9人が重篤な状態にあると報じた。数字の違いは、銃撃後に救急当局が患者の状態を確認するなかで生じた。[情報源15315、15316]

警察報道官のトライロン・ピウパン氏によると、生徒は祖父母を銃撃したとみられる後、普段どおり登校した。授業が始まると教室内で発砲し、廊下に出た後も撃ち続けた。警察によると、20発以上を発砲し、死亡時にも30発の弾薬を所持していた。アヌティン・チャーンウィーラクーン首相は、この小型銃は生徒の祖父名義で合法的に登録されていたと述べた。[情報源15315]

施設内の別の場所で銃声が聞こえるなか、生徒と職員は教室に避難した。目撃者の一人は、おびえた生徒たちが学校近くの狭い道路へ続々と出てきており、中には泣きながら手をつないでいる生徒もいたと語った。警察は各部屋に入り、中に隠れていた人々を安全な場所へ誘導した。ガーディアンが引用した内務省当局者によると、封鎖は襲撃の通報から約30分後に解除された。[情報源15315、15316]

アヌティン首相は学校を視察し、生徒には学校に関連したストレスの兆候があったと述べた。その後の警察の捜査に立ち会った親族は、少年は物静かで学業成績も良かったと説明し、家庭や学校で問題があったとは知らなかったと話した。当局は、より詳しい動機を明らかにしていなかった。[情報源15315]

学校は、8月10日から14日まで授業を休止し、職員には在宅勤務を指示すると発表した。翌日、遺族らがバンコクの遺体安置所で犠牲者の遺体を引き取る一方、追悼者は校門に花を手向け、祈りをささげた。[情報源15315]

この襲撃により、タイの銃器をめぐる監視が改めて強まった。アヌティン首相は、銃の携行を勤務中の政府職員に限定する法整備を政府が進めると述べたが、所有要件にどのような変更があり得るかについては詳細を示さなかった。スモール・アームズ・サーベイの2017年の国際データに基づくと、タイは東南アジアで民間人の推定銃器保有率が最も高い。[情報源15315、15316]