ネパールとチベットの国境地域を壊滅的な鉄砲水が襲った翌日の2026年8月27日時点で、約90人の米国市民が安否不明のままだった。米国務省は、米国人の死亡は把握していないとし、3人が救助されたことを確認した。
行方不明者の多くは、ヒンズー教徒や仏教徒などの巡礼者にとって聖地であるチベットのカイラス山へ向かっていた。家族や友人は、連絡が取れなくなった人々についての情報をソーシャルメディアで拡散した。その中には、バージニア州やテキサス州からの旅行者、14歳の娘と旅をしていた母親も含まれていた。
インドを拠点とし、米テネシー州にリトリート施設を持つ宗教団体イシャ・ファウンデーションは、同団体に関係する米国人22人が行方不明だと発表した。同団体の各グループはカイラス山から戻る途中だった。財団の担当者によると、洪水が襲った際、旅行者77人とボランティア3人がチベットのキーロンにある出入境管理施設にいた。コーディネーターから最後に連絡があったのはネパール時間午前9時5分ごろで、被災したとされる時刻の9分前だった。
行方不明者の一人は、最近セントルイスからシンシナティへ転居した米国市民、ヴィーナス・ラジニカント・パテルさん(45)だった。兄によると、パテルさんは洪水の直前、国境のネパール側にあるホテルから親族に電話し、チベットへ渡る予定について話していた。後に友人らは、そのホテルが被災地域にあったことに気付いた。
別の行方不明の米国人、ロングアイランド在住のジテンドラ・パテルさん(72)は、ヒンズー教の巡礼団と旅行していた。息子によると、ジテンドラさんは水曜朝、チベットに入ったとWhatsAppで電話してきた。その後に送ったメッセージは届かなかった。2人の男性は同じ姓だが、提供された報道には親族であるとの記述はなかった。
個々の安否を巡る不確実性は、災害が引き起こした広範な混乱を反映していた。洪水とがれきがキーロン口岸と近隣のネパール各地域を襲い、道路や通信設備を損傷した。そのため、連絡がないことの意味を判断するのは難しく、安否不明者として記載された人が必ずしも負傷または死亡したと確認されたわけではなかった。
ドナルド・トランプ米大統領は、当局者がネパールの指導者らと話し、支援を申し出たと述べた。現地にいる米国人を50人ないし60人としたトランプ氏の公表値は、安否不明者を約90人とする国務省の数字とは異なっており、同氏も全員の確認は完了していないと認めた。
したがって、国務省の集計が、この歴史的事象が発生した日付時点で最も明確な米政府の公式数字だった。3人の救助が確認され、米国人の死亡は把握されておらず、通信が深刻に途絶する中、当局が国境をまたぐ被災地域全域で米国市民の所在確認を進める一方、家族らは確認済みの情報を待ち続けた。



