フランスの全国サッカーリーグ体系への復帰を目指したボルドーの試みは、フランスサッカー連盟がクラブを6部に据え置くと決定した2026年9月3日に終わった。
この決定により、長期にわたる財務破綻ですでにプロサッカー界から追われたフランス王者6回の名門は、レジオナル1で戦うことになる。フランス24経由のAFP報道によると、連盟の特別執行委員会は降格を確認し、フランスのスポーツ相マリナ・フェラーリが介入したにもかかわらず、案件の再審理を拒否した。
争点となったのは、財務上の不正を理由にクラブの4部参加を認めないとした判断を裁判所が先月支持した後、ボルドーをナショナル2に復帰させられるかどうかだった。連盟は、規則の文言上、再分類や再審査はできないと説明した。また、前例を作ることや、すでに大会に参加している他クラブとの公平性を損なうことは望まないとした。
しかしボルドーは憤りを示した。クラブはXへの投稿で、執行委員会は自らの要請について適切に審議しておらず、採決も行われなかったと主張した。この対立は、クラブの財務状況がいかに深刻に悪化し、現行規則の枠内で救済できる余地がいかに乏しくなっているかを浮き彫りにしている。
制裁は、今後のシーズンに向けてクラブが保有を証明できなかった資金に関係している。AFPによると、ボルドーは2025-26会計年度と2026-27会計年度に必要な約1000万ユーロを用意できず、債務上の義務も履行できなかった。新オーナーが撤退すれば、クラブは裁判所命令による清算に直面する可能性があり、オーナー側は8月に撤退する可能性を示していた。
そのため、競技上の処分は問題の一部にすぎない。ボルドーはすでに相次ぐ苦境を経験してきた。2022年にリーグ・ドゥへ降格し、2024年には司法上の再建手続きに入り、その結果、プロ資格と高く評価されていた育成組織を手放さざるを得なかった。木曜日の判断により、かつての強豪は、フランスサッカー界で最も広く知られるクラブの一つとなったトップレベルから、さらに遠ざかることになる。
クラブの歴史が、この転落をさらに重いものにしている。ボルドーは1936年に創設され、フランスサッカー界で最も著名な人物の一部を輩出し、あるいは受け入れてきた。現在のフランス代表監督ジネディーヌ・ジダンは同クラブで名を上げ、ビセンテ・リザラズとクリストフ・デュガリーは育成組織出身で、後に1998年ワールドカップで優勝した。さらに前の世代には、フランスが1984年欧州選手権を制したチームの中心選手、アラン・ジレスとジャン・ティガナがいた。
今や、そうした記憶と並んで、クラブそのものを存続させられるのかという、より差し迫った疑問が浮上している。連盟の決定は、ボルドーが競技上の主張による不服申し立てだけで上位ディビジョンへ戻ることはできないという意味だ。その将来を左右するのは歴史ではなく、オーナーシップ、資金、そして裁判所である。
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