出来事の日付:2026年2月24日

イヤーショットとフォレンジック・アーキテクチャによる共同調査は、2025年3月23日にガザ南部でパレスチナ人の支援要員15人が殺害された際、イスラエル兵が至近距離からの銃撃を含め、900発を超える弾丸を発射したと主張した。イスラエル軍は処刑との主張を否定し、現場を敵対的な戦闘地域と説明した内部調査に言及した。

ドロップ・サイト・ニュースが伝えた調査結果によると、テル・アル=スルタン近郊での攻撃により、パレスチナ赤新月社の職員8人、パレスチナ民間防衛隊の隊員6人、国連救援機関の職員1人が死亡した。研究者らは、現場の映像と音声、衛星画像、公開情報、2人の生存者への聞き取りを用い、分刻みの経過を再構成した。

報告書によると、その分析では3つの録音から少なくとも910発の銃声が記録されていた。少なくとも844発は5分30秒の間に発射され、少なくとも5人の射手が同時に発砲していた。研究者らは、最初の数分間に記録された銃撃の少なくとも93%が緊急車両と救援要員に向けられたと結論づけた。目撃者らは、その場に最大30人の兵士がいたと推定した。

再構成によると、兵士らは道路を遮るものなく見渡せる高い砂堤に配置されていた。緊急車両には目に見える標識があり、警告灯も作動していたという。研究者らは、兵士らが当初は固定された位置から発砲し、その後、銃撃しながら前進して、一部の救援要員をわずか1メートルの距離から撃ったと主張した。

一連の出来事は午前4時ごろ、赤新月社が空爆現場に向けて救急車を派遣した後に始まった。救急車1台が銃撃を受け、運転手のムスタファ・カファジャと同僚のエズ・エルディン・シャートが死亡した。報告書によると、3人目の職員ムンテル・アベドは車両の床に伏せて生き延び、その後拘束された。

最初の救急隊との連絡が途絶えた後、車両5台からなる救助隊が午前5時すぎに到着した。職員のリファート・ラドワンは、現場に近づく様子を携帯電話で撮影していた。回収された映像と司令所への通話は、目撃証言と兵士らの位置や動きを比較するために使われた中心的な証拠となった。

ドロップ・サイトによると、イスラエル軍は同サイトの詳細な質問には答えず、代わりに4月20日付の内部調査結果を引用した。この調査は、部隊が危険な戦闘地域で広範な脅威に直面していたとし、軍が虚偽の非難と位置づけた処刑の主張を裏付ける証拠は見つからなかったとした。同メディアによると、軍の調査は関与した部隊に対する刑事措置を勧告しなかった。

対立する説明の間には、重大な事実認定上の争いが残されている。独立した再構成は、同期させたメディア資料、空間分析、証言を結論の根拠としている一方、軍はその中心的な主張を否定している。提供された証拠には共同報告書の全文も内部調査の全文も含まれていないため、調査結果と反論はそれぞれの作成者に帰属する主張のままである。