出来事の日付:2026年10月27日

現代のソフトウェアの信頼性が低下しているという不満には、しばしば過去を好意的に描く比較が伴う。長年コンピューターを使ってきた開発者ダン・ルーの新しい論考は、その前提に異議を唱え、1990年代や2000年代のパソコン用ソフトウェアは、不安定で、安全性に乏しく、保守が難しいことが多かったと論じている。

この論考は、今日の品質の問題を否定していない。出発点は現代の懸念だ。開発者が生み出すコードが大幅に増える一方で、不具合がそれに見合って減らなければ、ユーザーが遭遇するバグは増え得る。ただし、中心となる主張はもっと限定的である。現在のシステムへの不満が高まっていることは、昔のシステムのほうがよく動いたという証拠にはならない、というものだ。

ルーは、不良なデバイスドライバー、OSのリソースに関する問題、不安定なアプリケーションによってクラッシュし得たWindowsパソコンについて述べている。「死のブルースクリーン」は日々のコンピューター利用でおなじみの光景となり、アプリケーションには信頼できる自動保存機能がないことも多かった。そのため、システムやプログラムの障害で何時間分もの作業が失われる場合があった。クラウド上のエディターが自動保存するようになっても、Control-Sを繰り返し押す習慣は残った。

フロッピーディスク、CD、そのほかの物理メディアによる配布には、確かに期限があり、販売元が使えるバージョンを出荷する動機になっていた。しかし、その制約で不具合がなくなったわけではなく、更新を届けるのははるかに難しかった。周辺機器に付属するドライバーがコンピューター全体を不安定にすることもあり、互換性の問題の原因調査はユーザー任せになりがちだった。

セキュリティも弱点だった。この回顧には、Windowsのタスクマネージャーで回避できたパスワード保護付きスクリーンセーバー、普段どおりにウェブを利用しているうちにたまる広告ソフト、文書のマクロや電子メールを介して広がるマルウェアが登場する。これらの例は、家庭用パソコンの安全性が、ユーザー自身が脅威を見抜き、繰り返しクリーンアップツールを実行することに依存しがちだった様子を示している。

性能も目に見える形で低下した。機械式ハードディスクでは断片化が進み、キャッシュファイルがたまり、不要なソフトが起動を遅くした。技術に詳しい親族は、コンピューターを整理し、一時保存領域を空にし、ディスクの最適化を実行するよう日常的に頼まれた。こうした保守の習慣は、意識しなくても動く完璧に設計された過去の証しではなく、繰り返し生じる制約への対処だった。

現代のソフトウェアは、絶え間ない更新、膨れ上がる依存関係、購入後に変わり得るサービスなど、別の不満を生んでいる。リリース周期の短縮は、不具合がすぐユーザーに届くことにつながり得る。一方で、開発者がセキュリティ修正を配布し、文書を継続的に復元できるようにし、新しい物理メディアを出荷せずにシステムを改善することも可能にしている。

論考によれば、有用なのは、壊れた現在と理想化された過去を比べることではなく、異なる不具合の起こり方を比べることだ。昔のコンピューターは、場合によっては製品がより単純で、機能の範囲も明確だったが、クラッシュがより目立ち、ローカルデータを失うことも多く、ユーザーは定期的な保守や基本的なセキュリティ上の弱点に向き合っていた。両面を覚えておくことで、現在のソフトウェアへの批判をより的確にできる。