Research Agendaに掲載された論考によると、人工知能(AI)は個々の研究作業を速める一方、ひそかに協働を弱める可能性がある。同論考は、テクノロジーが日常的な摩擦を取り除く際に失われる人間同士の接触を、リーダーが考慮するよう求めている。

著者はこのパターンを「Waymo効果」と表現し、会話や交渉、社会的義務を避けられる無人運転車の魅力になぞらえている。直接的な利点は測定しやすい。プライバシー、利便性、そして邪魔されない時間だ。より見えにくい代償は、偶然の出会いや非公式な交流が起こらなくなることである。

この論考は、その考え方を研究と教育に当てはめている。AIシステムを使えば、科学者は同僚に頼ることなく、文献を検索し、資料を要約し、文章の草稿を作り、問題を検討できる。個々の利用は、それぞれ効率的かもしれない。しかし、こうした選択が組織全体で繰り返されれば、研究者が前提を比較し、未知の手法に触れ、新たな協力関係を築くきっかけとなる会話の数が減る可能性がある。

これは、AIや自動化に反対する議論として提示されているわけではない。懸念されているのは、組織がツールによって節約された時間を数える一方、日常的な支援のために人々が互いを必要としなくなったときに失われる人間関係やアイデアを追跡できていないことが多い点だ。摩擦はいら立ちを招き得るが、接触を生み出す種類の摩擦もある。同僚に質問を投げかければ、単独の作業フローでは生まれなかったであろう回答や訂正、思いがけないつながりが得られるかもしれない。

したがって、研究リーダーが直面しているのは、AIを導入するか拒否するかという単純な判断ではなく、設計上の問題である。自動化ツールがあらゆる小さな作業の既定の手段になれば、組織は別の場所で意図的に交流の機会を設ける必要が生じるかもしれない。会議だけでは非公式な交流を代替できない可能性があり、厳密に構成された議題によって探索的な議論の余地がほとんどなくなる場合は特にそうだ。

この主張は、生産性の評価方法にも疑問を投げかける。個別作業の完了が速くなったことは目に見えるが、始まることのなかった協働を記録するのは容易ではない。組織は、成果量の短期的な増加を確認しながら、知的多様性やチーム間でのアイデアの移動が徐々に減っていることに気づかない可能性がある。このリスクは、重要な進歩が異なる分野の知識を組み合わせることで生まれることの多い研究分野で、特に大きな意味を持つ。

この論考は実証研究ではなく一つの見解であり、そこでいう「Waymo効果」は提案された概念であって、実証済みの因果法則ではない。その価値は、従来の効率性指標が見落としている問い、すなわち、社会的な労力を減らすことで、組織が生み出せる知識の種類が変わるのかという問いを明確にした点にある。

AIツールが研究所、大学、出版界に広がるなか、実際の試金石となるのは、組織が個別支援の利便性を保ちながら、研究を孤立した作業フローの集合体に変えずに済むかどうかである。著者はリーダーに対し、協働を、才能ある人々を同じ組織に配置すれば自動的に生じる副産物ではなく、積極的な維持管理を必要とするインフラとして扱うよう促している。