開催日:2026年2月21日
イルケル・チャタク監督の『Yellow Letters』がベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞した。ベルリン国際映画祭の最高賞は、芸術と市民の自由がいかに急速に損なわれ得るかについての警告だと審査員が評した政治ドラマに贈られた。The Philippine Starが掲載したAFPの報道は、この受賞を単独の芸術的判断としてではなく、映画と政治の関係をめぐる葛藤に最終週の大半を費やした映画祭の締めくくりとなる意思表明として伝えた。
報道によると、『Yellow Letters』は、政治的見解を理由に突然仕事を禁じられたトルコ人監督と、俳優であるその妻の物語を描く。映画の舞台はトルコだが、自由への脅威は一国に限られないことを強調する意図から、ドイツで撮影された。審査員長のヴィム・ヴェンダースはこれを「恐ろしい予兆」と呼び、他の社会にも及び得る未来を描いていると述べた。言い換えれば、審査員はこの作品を、技巧だけでなく警告という点でも時宜を得たものと評価した。
その解釈は、今年の映画祭を取り巻く雰囲気とも符合した。映画祭ディレクターのトリシア・タトルは閉幕時、映画制作者と映画祭運営組織がどこまで直接政治に関与すべきかをめぐり、時に辛辣な議論が数日間続いたことで、ベルリン国際映画祭が感情の高ぶる場になっていたと認めた。ヴェンダースがこれに先立ち、映画祭は実際には政治の領域に踏み込めないと述べ、政治的対立から距離を置かせようとしたことで、ガザをめぐって問題はいっそう先鋭化した。この発言は、映画は世界を変えられるという、やはりヴェンダース自身が表明していた考えと矛盾するように見えたため、反発を招いた。
閉会式では、多くの芸術家が二つの領域をそれほど明確に切り離すつもりがないことが示された。複数の受賞者がスピーチで、パレスチナ人や各地の政治犯との連帯を表明した。『Salvation』で銀熊賞審査員大賞を受賞したエミン・アルペルは、トルコで投獄されている反体制派、圧政下で暮らすイランの人々、中東で権利を求めて闘うクルド人への支持を表明した。『Chronicles From the Siege』で新人作品賞を受賞したシリア系パレスチナ人監督アブダラー・アル=ハティーブは、クーフィーヤを身に着けて登場し、ガザでのジェノサイドと彼が呼ぶものにドイツ政府が加担していると非難した。
会場で歓声とやじが飛び交うなど反応が割れたことは、映画祭を覆っていた緊張を如実に示した。その週の初めには、映画業界関係者数十人が署名した公開書簡が、ガザに関する映画祭の「沈黙」を非難し、イスラエルの行動に反対する芸術家の検閲に手を貸していると批判していた。受賞歴のある小説家アルンダティ・ロイも、ヴェンダースの発言を糾弾した後、すでにベルリン国際映画祭への出演を取りやめていた。各賞が授与される頃には、映画祭はもはや世界の映画を紹介するだけの場ではなかった。戦時における文化機関の責任について、芸術家が公に論じ合う場となっていた。
ほかの賞も、演技と作家性の高い作品に恵まれたコンペティションの全体像を形作った。ドイツ人俳優ザンドラ・ヒュラーは、17世紀ドイツの農村部で男性として振る舞う女性を描いた白黒ドラマ『Rose』で、銀熊賞最優秀演技賞を受賞した。米国映画『Queen at Sea』は、審査員賞と、トム・コートネイおよびアンナ・カルダー=マーシャルが分け合った助演賞を含む2賞を獲得した。グラント・ジーは、ビル・エヴァンスの伝記映画で監督賞を受賞した。しかし、そうした成果があっても、その夜の最大の話題は金熊賞と、それを取り巻く議論だった。
したがって、『Yellow Letters』の勝利には、二つの意味が同時に重なった。政治的排除と芸術的抑圧を描く映画をたたえるものであると同時に、美学と社会運動の境界をめぐってすでに激しい論争が交わされていた映画祭での受賞でもあった。ベルリン国際映画祭が閉幕する頃には、この賞は政治からの逃避というより、政治が当初から映画祭の意味を形作っていたことを最後に認めるものに見えた。



